劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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出番増えるかな……


ミアの引き渡し

 真由美に連れられて、ミアは魔法協会関東支部へとやって来ていた。師族会議が近い今、他家との接触は避けたいと思うのが普通なのだが、四葉家は積極的に七草家へとかかわってきている事が、真由美には疑問だった。

 

「ミアさん、本当に良いの?」

 

「私に選択肢はありませんよ。軟禁される場所が七草家から四葉家へと代わるだけです」

 

「別に軟禁してたわけじゃないのだけど」

 

 

 ある程度の自由は認められてたいのだが、何処へ出かけるにも監視がつくのでは、軟禁とあまり変わらないと言う事は真由美も理解していた。自分がそんな状況に陥ったら、冷静さを保てるかも疑問なくらいだ。

 

「お待ちしておりました、七草真由美様」

 

「貴方が四葉家の?」

 

「さようでございます。本日は我が主である四葉真夜の名代として、七草殿からミカエラ・ホンゴウ殿を引き取りに参りました」

 

 

 真由美の見た限りでは、この執事は七草家に来た執事より手ごわそうに思えた。前に七草家に来た執事は、どちらかと言えば弁護士のような見た目だったのに対し、今日の相手は完全に執事の雰囲気を携えた老年の紳士なのだ。

 

「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

「これは失礼いたしました。私、四葉家の筆頭執事を務めさせていただいております、葉山と申します」

 

「葉山さんですね。ご存じでしょうが、私は七草真由美です。以後お見知りおきを」

 

 

 真由美は、この執事は自分の手に負える相手ではないと、今の挨拶だけで理解した。初めて達也を相手にした時よりも、遥かに緊張したのだった。

 

「それから、何か勘違いをされているようですが、ミカエラ殿を四葉本家へお連れすることはございません。別の場所をご提供させていただきます」

 

「別の場所? 四葉家の分家筋の家と言う事でしょうか?」

 

「分家ではございません。ミカエラ殿には、司波家へと行っていただきます」

 

 

 葉山のセリフに、ミアより先に真由美が声を上げた。

 

「司波家って、達也くんの家ですよね? 何故ミアさんが達也くんの家に?」

 

「七草殿はご存じかと思いますが、桜井水波は本来、深雪様の身の安全を確保するのが役目なのです。いつまでもメイドと兼業では困ると我が主は考えておいででした。そこでミカエラ殿に達也殿、深雪様の身の回りの世話をお任せして、桜井水波をメイドの任から解放しようと言うことになったのです」

 

「達也くんの身の回りの世話は、深雪さんがしているのではないのですか?」

 

「これから先、深雪様だけの特権という事にはいきますまい。貴女も候補者なら分かると思いますが、他の候補者よりも遥かに、深雪様は達也殿の側におられるのです。不公平という声が上がってきてもおかしくなく、そうなると一条殿が強気に出てくるとも限りますまい。そういった不安は、なるべく早く取り除くべきかと」

 

 

 確かに真由美は、深雪が妹ではなく従妹だと判明したのと同時に、同居は解消するべきではないかと考えていた。ましてや、婚約者を募集してる最中、一人だけ四六時中一緒にいられるなどというのは、既に決定しているのと同義ではないかと。

 

「深雪様はあくまでも候補、他の方と対等な立場であることを深雪様もご理解しておられです。ですが、長年妹として過ごしてきた事もあり、達也殿の身の回りの世話を続けようとされるのです。そのせいで桜井水波が余計にメイドとして働かなければならなかったのですが、今回ミカエラ殿をお迎えするにあたり、その問題点の解決が望めるのです」

 

「そうでしたか」

 

 

 まるで自分の心の中を読まれたような感覚に陥ったが、これは達也相手でも味わったことがあるので、真由美は冷静に葉山の言葉に反応で来た。

 

「後はミカエラ殿のお気持ち次第でございます。もし嫌だと申されるのでしたら、これまで通り七草家でお過ごしくださいませ」

 

 

 ミアに判断を委ね、葉山はそれ以上口を開くことは無かった。柔和な執事の笑みを浮かべ、ミアが答えるのを静かに待っている。

 

「どうします? ミアさんがウチが良いと言うのでしたら、私から父に話します」

 

「いえ、それには及びません。ミカエラ殿が七草家が良いと申された場合、私から七草殿に事情を説明する事となっておりますので、真由美嬢のお手を煩わせる事もありませんぞ」

 

 

 その説明をしていませんでしたなと、葉山は演技にも見えるような笑みを浮かべ、再び口を噤んだ。真由美がいくら睨みつけても、あの笑みは崩せないと思わせるような、完璧な執事の顔だった。

 

「そう言う事みたいだし、後はミアさんの気持ち次第ね。正直に言えば、ウチにいてもあのタヌキオヤジに良いように使われるだけだし、達也くんの側ならそういった問題からも解放されると思うの。ミアさん、家事とか必要最低限出来る人だし、悪い話ではないと思うわよ」

 

「そう…ですね……司波達也さんにはいろいろとお世話になってきましたし、その恩返しが出来るのでしたら、是非お世話にならせていただきたいです」

 

「そう……分かったわ。葉山さん、そう言う事ですので、ミアさんの事をよろしくお願いします」

 

「畏まりました。ではミカエラ殿、こちらへ」

 

 

 ミアは真由美に一礼してから、葉山の側へと足を進めた。本当なら自分が達也の世話をしたいと思った真由美だったが、それじゃあ深雪の立場が自分に代わるだけで、他の人から不満が出る恐れがあることに変わりはないと理解し、その思いは捨てる事にした。

 

「これからミカエラ殿には、四葉家の次期当主様の身の回りの世話をお任せします。万が一粗相があった場合は、それ相応の処罰が下される事と理解しておいでですかな?」

 

「覚悟の上です。一度死んだ身、何が来ようが恐れはありません」

 

「結構。ではこれより、司波家へと向かいますので、お先に外で待たせてる車に向かってください」

 

 

 ミアを退室させてから、葉山は真由美へと視線を向けた。

 

「わざわざご足労いただき、誠にありがとうございました。これは私からのほんの気持ちでございます」

 

 

 そう言って差し出したのは、真夜秘蔵の達也の隠し撮り写真だった。

 

「真由美さまが知りようのない、幼少期からの達也殿の写真が、そこに収められておりますので」

 

 

 それだけ言い残し、葉山は部屋から出て行ってしまった。残された真由美は、食い入るようにその写真を眺め、だらしなく表情を緩めたのだった。




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