劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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元軍人がこんなことを……


新たな職

 夕食の準備をしていた深雪と水波は、来客を告げるチャイムに首を傾げた。この家を訪ねてくる人間はそう多くなく、また訪ねてくる前には殆どの場合で連絡があるはずなのだ。だが今日は来客があるなどという話は聞いていないし、宅配便があるということも無かった。

 

「いったい誰かしら」

 

「私が出てまいります」

 

 

 深雪がインターホンに出ようとしたが、水波がそれを制し自分が出ると申し出た。インターホンに出た水波は、すぐに深雪の方に振り向き、口をパクパクと動かすだけで何も言わなかったのを疑問に思い、深雪もモニターを覗き込むと、すぐに達也を呼びに行った。

 

「お兄様、深雪です」

 

『どうかしたのか?』

 

「あの……葉山さんがお見えです」

 

『分かった』

 

 

 扉越しに告げた来客の名に、達也は驚いた様子が無い。あらかじめ知っていたのか、それとも気配で察していたのかは深雪には分からないが、とりあえず何かやらかしたわけではないと言う事で安心したのだった。

 達也がリビングに顔を見せると、既に葉山は水波によって家に上げられていた。その隣には、この間あったばかりの女性が、落ち着きなく視線を彷徨わせながら座っていた。

 

「これはこれは達也殿、わざわざ私めに顔を見せなくともよろしかったのですが」

 

「いえ、深雪だけに相手をさせるのは失礼かと思いまして。何せ葉山さんは、母上の執事ですから」

 

 

 互いに牽制しあうような会話を繰り広げた後、どちらも雰囲気を改めて向き合った。

 

「本日は真夜様からの伝言と、白川夫人から桜井水波への手紙をお届けに参りました」

 

「母上からの伝言とは、ミカエラ・ホンゴウさんの事ですね」

 

「その通りでございます。こちらのミカエラ・ホンゴウ殿は、本日付けで七草家から四葉家へと身柄を引き渡されました。そして、四葉家が彼女に課したのは、司波家でのメイドの役割です」

 

 

 葉山が告げた言葉に、達也ではなく深雪と水波が驚いた。さすがに声を上げるという、はしたない事はしなかったが、それでも目を大きく見開いて驚きを表現していた。

 

「それに加えまして、本日付けで桜井水波をメイドとして解雇し、正式に深雪様のガーディアンに任命するとの事です」

 

「待ってください、葉山さん」

 

「何でしょうか、深雪様」

 

 

 慌てたように口を挿んだ深雪に対し、葉山はいつも通りの執事の笑みで対応する。

 

「ガーディアンの任命は、ミストレスの特権です。私はまだ、水波ちゃんには早いと思うのですが」

 

「もちろん、一人で任せる事はまだ早いでしょう。ですので、達也殿には引き続き、深雪様の警護と桜井水波の指導をお願いしたいと、真夜様から言付かっております」

 

「そうですか。分かりました」

 

 

 あっさりと受け入れた達也とは違い、深雪と水波はまだ何か言いたそうだった。だが葉山がその二人に付き合う事は無く、ミアを置いてさっさと腰を浮かせてしまった。

 

「では達也殿、お任せいたしましたぞ」

 

「分かりました。任せてくださいと、母上にお伝えください」

 

 

 男二人が話を進めるすぐ横で、深雪も水波も、ミアの事を睨みつけるように見つめており、その視線に耐えられず、ミアは身体をクネらせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉山が帰った後、達也は水波とミアを正面に座らせ、隣に深雪を座らせて話を纏める事にした。

 

「水波、白川夫人からの手紙の内容は、葉山さんが告げた事と相違ないんだな」

 

「はい。本日付けでメイドとして解雇するとの事でした」

 

「ガーディアンとして本格的に深雪の護衛をするのなら仕方ないだろう。もちろん、深雪が家事をするのを手伝うのは構わないと俺は思うがな」

 

 

 完全に辞めさせるのではなく、条件付きで続けさせたほうがいいと判断した達也は、水波にそう告げる。その言葉に救われたのか、水波は表情を明るくさせたのだった。

 

「ありがとうございます、達也様。ではさっそく――」

 

「まだ話は終わってないから、続きはもう少し待ってくれ。深雪にも関係する話だから、今水波が席を立つことは許されない」

 

 

 視線で水波を制し、言葉でしっかりとその場に抑え込んだ達也は、すぐに視線をミアへと移動させた。達也の視線に動じながらも、ミアは大人しく声を掛けられるのを待った。

 

「貴女が今後家事をするにあたって、深雪や水波からいろいろと聞かなければならない事もあるでしょう。いきなり一人でやれとは言いませんので、どうか落ち着いてください」

 

「わ、私は落ち着いています。達也様たちのお世話をすることが、私の任務なのですから」

 

 

 ガチガチに固くなっているミアに、深雪が優しく微笑みかける。だがその笑みは、ミアにとって恐怖でしかなかったのだ。

 

「えっと、ミカエラさん? この家での家事は基本的に私が全てを担当していたのだけど、その辺りは叔母様から聞いていないかしら?」

 

「聞いております。ですが、深雪様だけが達也様のお世話をするのは、他の候補者に失礼ではないかという意見があり、その解決策として私が四葉家へ引き抜かれたのです」

 

「何故、水波ちゃんじゃいけなかったのかしら」

 

「それは、そこにいる桜井さんが、達也様に恋慕の情を抱いているからだと聞いています」

 

 

 ミアの言葉に、水波は顔を赤らめ、達也から視線を逸らした。

 

「四葉家に仕える人間としては優秀だが、当主の嫁になりたいと思う前にガーディアンとしての立場を確立させるべきだと伺っておりますが、これはどういう意味なのでしょうか?」

 

 

 ミアは水波が調整体であることは聞かされてないようで、意味が分からないと言わんばかりに首を傾げる。だが深雪や水波には真夜の言い分がしっかりと伝わったらしく、抵抗する事を止めたのだった。

 

「これ以上は四葉の闇に触れる事だから、ミカエラさんは知らなくていい事です。深雪、水波。そう言う事だからミカエラさんにしっかりと手順を教えてやるように」

 

「分かりました」

 

「お任せください、お兄様」

 

 

 二人の返事に満足した達也は、地下室へと戻っていった。残された三人は、多少のぎこちなさを感じさせながらも表面上は笑顔で、そろってキッチンへと向かったのだった。




とりあえず、三人仲良くやればOKなのだろうか

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