師族会議が行われている箱根のそれなりに高級なホテルの貸し会議場では、十師族の当主が次々と円卓の席へと座り始める。
会議の序盤は、それぞれの家が担当する地域の現状報告と、十文字家の当主交代の報告が行われただけだった。だがこの師族会議は、各家にとって命のやり取りと同等の覚悟を持って挑むものであり、このまま終わるはずもなかった。
「時に四葉殿。我が家が申し込んだ婚姻の返事を、まだもらっていないのですが」
「ああ、忙しくてすっかり忘れていました。この場を持って、お断りさせていただきます」
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
一条家当主、一条剛毅が真夜に問いかけると、真夜は年齢不詳の笑みを浮かべ答えを返す。
「私の姪である深雪は、私の息子である達也の婚約者候補として最有力です。どうやら国が達也に特例として複数人と契りを交わすことを許して下さるようですので、他の方も数人迎え入れますがね。ですが、深雪を外に出すつもりはありませんし、七草殿がお気になさっている近親婚の弊害も、従兄妹ですので問題ないと思いますわ。まして二人の関係は、法律で認められているもの。よそ様が口を挿む事ではありませんわ」
「しかし、いきなり断ると言われても……深雪殿は将輝の外見しか知らないのではありませんか」
「それを仰るなら、将輝殿だって深雪さんの外見しか知らないのではなくて?」
言外に「ただ外見に惚れただけだろ」と言われ、剛毅は返す言葉を失ってしまった。
「しかし、魔法師界の発展を考えるのであれば、達也殿よりも将輝殿と結ばれた方がよろしいのではないでしょうか」
「私たち四葉は、深雪さんを使って他家との関係を強めようとは考えておりません。私は女としての幸せを得られなかった分、姪である深雪さんには幸せになってもらいたいと思っているのです。深雪さんは、兄だと思っていた達也に心惹かれ、そして従兄であると伝えた時は涙を流して喜びました。そんな姿を見て、私は今更一条家へ嫁げとは言えませんわ」
弘一の十師族の当主としての発言は、真夜の女性としての意見に封じ込められた。同じ女性である二木舞衣と六塚温子が真夜の意見に賛同し、剛毅と弘一に非難の視線を向け始めたのを受け、他家の当主たちも真夜の意見を支持し始めたのだ。
「外見だけで惹かれた、というのは否定しません。ですが、それだけでチャンスも無く振られるのは将輝も納得出来ないでしょう。四葉殿が姪御さんのお気持ちを酌むように、私も息子の気持ちを酌んでやりたいのです」
「なら何故、深雪さんが四葉の縁者だと発表する前に婚姻を申し込んでこられなかったのですか? 息子さんの気持ちを酌みたいのでしたら、家柄など気にせずそうするべきだったのではありませんか? それを深雪さんが四葉の縁者だと聞いてから気持ちを酌むなどと言われても、正直言って方便にしか聞こえませんわ」
心情に訴えようとしても、真夜の完璧な返しを受け再び剛毅は押し黙ってしまった。息子の気持ちを酌むという発言で、周りの援護を期待したのだが、真夜の返答で更に形勢が不利になってしまったのだ。
「四葉殿、発言をよろしいでしょうか」
「何でしょうか、十文字殿」
「私は四葉家の達也殿も、一条家の将輝殿とも面識がありますから、あえて申し上げますが、一条殿にチャンスを与えても、達也殿は気になさらないと思います」
克人の発言に、真夜は指を顎に当てて考えるそぶりを見せる。その表情は、克人と同年代と言われても信じられるほど若々しかった。
「確かに達也は気にしないでしょうね。ですが、深雪さんがはっきりと断ってほしいと申してる以上、一条殿の提案は受け入れられないの。これ以上しつこいと、将輝殿にストーカーの疑いが掛かってしまうかもしれないし、それは一条家としても避けたいのではなくて?」
「確かに深雪殿の、達也殿への接し方は、兄妹として不適切なのではないかと思わされる場面が多々ありました。ですが、同年代の男子として、将輝殿へ少しでもチャンスを与えてあげたいと思うのです」
「なら、婚姻は受け入れられないけど、将輝殿が自力で深雪さんを振り向かせることが出来たら考えても構いません」
真夜としては、精一杯の譲歩だと言わんばかりに剛毅へ視線を向けた。これ以上何か言うのであれば、話自体を無しにするという意味を込めて。
「……それで構いません。お心遣い、感謝します。十文字殿も、かたじけない」
「いえ、自分は何も」
剛毅から礼を受けた克人は、謙遜するわけでもなく、礼は不要だと言葉と手で表現した。
「ところで四葉殿、我が家からもう一人、達也殿へ嫁がせたいと考えているのですが」
「あら、真由美さん以外にも七草家から我が四葉家へ嫁がせたいと?」
「達也殿の後輩である香澄が、どうやら達也殿を想っているようでして。先ほどのお二人の会話から拝借すれば、娘の気持ちを酌んでやりたい親心でして」
「それで姉妹の仲が拗れないのであれば、我が四葉家としても歓迎いたします」
「では、改めて我が七草家次女、七草香澄の司波達也殿への婚約を申し込みます」
弘一の発言に、真夜は微笑んで頷き、香澄も正式に婚約者候補として名を連ねたのだった。
これでお開きか思われた会議は、真夜の発言によって二人の当主を追い込む形になった。
「ところで皆さん、周公瑾という男をご存知ですか?」
その名前が出た途端、九島家当主、九島真言と七草家当主、七草弘一の表情が変わった。真言は明らかに動揺した様子だが、弘一の表情が変わったのはほんの一瞬で、注意深く見ていた真夜以外、弘一の表情の変化には気づかなかったのだった。
責められるおっさんたち……