今日は四年に一度の十師族選定会議の日だ。円卓に座る十師族を囲むようにして師補十八家当主も顔を揃えている。九島家を除き、欠席者はいない。
「それでは、十師族選定会議を始めます」
二木舞衣の宣言により、全員が立ち上がった。
「まずは慣例により、現在の十師族の顔ぶれに異議がある方はそのままご起立ください。異議の無い方は、一分以内にご着席ください」
これは選定会議独特の一次投票で、もし一人でも起立したままの者がいれば、投票用紙が配られ記名投票に移る。投票は十師族に最もふさわしいと思われる十家を記入して投票箱に入れる方式で、十師族三名、師補十八家三名、合計六名の立ち合いの下で即時開票が行われ、投票順に次の十師族が決められる。
舞依の声に、まず円卓を囲む十名が席に戻り、その周りに立つ師補十八家の当主たちも、次々に自分の椅子に座る。そして秒針が百八十度回った時、意外な事が起こった。九鬼家と九頭見家の当主が腰を下ろしたのだ。
彼らは昨日解任された九島家を十師族に推すとみられていたので、この行動は投票を目論んでいた他の師補十八家当主に衝撃を与え、立ち上がったままの当主たちが顔を見合わせ、一人、二人と腰を下ろしていった。
五十秒が経過した時点で、立っている者はいなくなった。秒針が一周し、二木舞依が再び立ち上がった。
「それでは、これより四年間、一条家、二木家、三矢家、四葉家、五輪家、六塚家、七草家、七宝家、八代家、十文字家で十師族を務めさせていただきます。皆様、ご協力お願い致します」
円卓の九名も立ち上がり、舞衣に合わせて一斉に、円卓を背にして一礼する。新たな十師族を囲む師補十八家の当主たちから拍手が起こった。
十師族の選定が終われば、師補十八家は退席し十師族のみで新たな体制について話し合われるのが慣例である。だが、退席しようとした九鬼、九頭見両家の当主を、舞衣が呼び止めた。
「九鬼殿、九頭見殿、しばしお待ちを」
「二木殿?」
「何か?」
「お二方にお願いしたいことがございます。少々お時間をよろしいでしょうか」
九鬼と九頭見の当主が頷く。残る師補十八家の当主が退席し終わり、会議室に残ったのは十師族と「九」の二家、十二名になった。
「お願いしたい事と申しますのは」
「二木殿、それは私から」
舞衣の言葉を止めたのは、十師族に加わったばかりの七宝拓巳だった。
「九鬼殿、九頭見殿。我が七宝家は新たに十師族の任を賜りましたが、我が家ははっきり申しまして手薄です。本来であれば居を移し、九島家に代わって京都方面の監視に当たるべきところですが、我が家の現状でその任はとても務まりません」
「でしたら、二木殿と四葉殿にお願いすればよろしいのでは? 京都でしたら一条殿のご担当も一部重なっておりますよ」
九鬼家の女当主の提案に、拓巳は笑って首を横に振った。
「それも一案ですが、私としては京滋・紀伊半島方面を引き続き九島家に見ていただきたいのです。無論七宝家も、ただお願いするつもりはありません。わが家に足りない力を、『九』の皆様にお貸し願えないでしょうか?」
九鬼、九頭見の当主は目を見張り、その後すぐ唇を綻ばせた。
「分かりました」
「真言様にも相談した上、必ずや良いお返事をお持ちします」
「お願いします」
拓巳が深々と一礼し、九鬼当主、九頭見当主も負けじと丁寧に頭を下げた。
師族会議が行われているはずの時間に、達也の携帯に緊急通信を告げるアラームが鳴り、内容を確認してすぐに達也は実習室へと向かった。
「何事ですか」
「緊急通信です。師族会議が行われている会場でテロが起きたようです。母上が心配ですので、司波達也・深雪両名並び、桜井水波は早退します」
「分かりました。一科の先生方には私から伝えておきます」
恐らく深雪たちも自分で早退の旨を告げているだろうが、念のためジェファニー・スミスにその旨も告げ、達也は昇降口へと向かった。
「お兄様!」
「深雪、やはりお前にも緊急通信が」
「はい。私だけではなく、水波ちゃんにも」
深雪の背後に控えていた水波が不安そうな表情で一礼した。そしてその背後には水波のクラスメイトである香澄、双子の妹の泉美、そして新たに十師族に加わった七宝が、同じように不安げな表情で待っていた。
「俺は会場に向かうが、お前たちはどうする?」
「俺も行きます」
「ボクも。家の方はお姉ちゃんが何とかしてくれるだろうし、ボクたちはお父さんの様子を見に行きます」
「香澄ちゃんがこういってますので、私もお供致します」
一年生三人の返事に頷き、達也は深雪と水波に視線を移す。
「もちろん、私もお兄様にお供致します」
「達也様と深雪様をお守りするのが私の使命ですので」
二人の答えを受け、達也は小さく頷き、駅までの道を走って移動する。体力面で男子に劣る七草姉妹は少しだけ遅れたが、それを気遣っている余裕は、誰の心にも無かった。
キャビネット内で乱れた息を整え、会場への最寄り駅に到着してすぐに、六人は再び走り出した。そしてその六人が目にしたのは、無残に崩れ落ちたホテルと、軽症者を治療する救急隊員の姿だった。
「死者は出ていないようだな」
「いや、司波先輩……あそこに結構な死体が……」
女子に気を使ってか、琢磨の声は幾分トーンを落としたものだった。
「あれはパペットだ。恐らく死体を遠隔操作して爆薬を運び、そして師族会議の場を狙ったのだろう」
「つまり、狙われたのは十師族だと?」
「恐らく。だから警察も十師族の当主に話を聞いているんだろう」
達也の視線の先では、十師族の当主が警察に事情聴取されていた。それを見た琢磨たち一年生は、どう反応すればいいのか悩んでいる様子だった。
神奈川以外の関東は大丈夫なのか?