劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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周りが見えなくなるほど怒った事は無いな……


激昂する泉美

 十師族の当主が一塊になっている姿は壮観だったが、彼らは何故この場にとどまったままなのか。達也は私服警官を見つけていたので不思議には思わなかったが、泉美たちは違ったようだ。父親の姿を見つけ、一目散に駆け寄っていったのだ。

 

「お父様!」

 

「あっ、待ってよ、泉美!」

 

「あれはまさか、刑事……?」

 

 

 その背中を、これまた何も考えていない香澄が追いかけ、状況を把握したが、琢磨も同じように親の許へ駆け寄っていった。

 

「お兄様、如何なさいますか?」

 

「泉美たちを放っておくわけにはいくまい」

 

 

 どうやら十師族の当主たちが事情聴取を受けているようだと覚った深雪が、達也に自分たちが取るべき行動を問うた。六人とも学校を早退したままこの場に駆けつけている。当然着替える時間など無く、一高の制服姿のままだ。

 ならば上級生として、一年生が暴走でもしようものならこれを止めなければならない。達也は深雪と水波に「仕方ない」と目で伝え、真夜の立っているところへ向けて歩き出した。

 

「何故お父様たちが警察の訊問を受けなければならないのです!? お父様たちは被害者ですよ!」

 

 

 案の定、泉美が刑事に食ってかかっていた。普段のお淑やかな態度に反して、こういう時は怖いもの知らずだ。若者らしい潔癖症で、公権力の理不尽さが許せないのかもしれない。

 

「(それにしても……何故誰も泉美を止めないんだ?)」

 

 

 声高に抗議する泉美を、制止しようとする当主はいない。皆、傍観しているだけだ。少なくとも親である七草弘一は娘を叱らなければならないシチュエーションのはずだが、叱責するどころか面白がっている。神妙な顔はしていても、目が笑っていた。

 

「泉美、止めるんだ」

 

「司波先輩、何故止めるんですか!」

 

 

 これ以上泉美を放っておけば、自分たちの心証が悪くなり、立場を悪化させるだけだと判断し、大人たちが動こうとしないので、自分が仕方なく動くことにした達也は、泉美の肩に手を置いた。泉美は当然その手を振り払ってくる。その振り払う手を掴んで、達也が泉美の重心をコントロールしながら引き寄せる、泉美は抵抗する間もなく、それどころかまるで痛みも覚えず、まるでダンスでリードされるように達也に誘導されて、刑事の前から引きはがされた。

 

「頭を冷やせ。警察の方は職務を遂行されているだけだ。邪魔をすれば、それだけ事情聴取が長引く――失礼しました」

 

 

 前半部分は、香澄と琢磨を牽制するものであり、後半は私服警官に向けたセリフだった。その妙に隙の無い態度に威圧されたのか、刑事は曖昧に頷くだけで泉美の妨害を咎める言葉は無かった。

 達也が泉美の手を引き、香澄と琢磨を視線で引っ張って大人たちの側を離れる。その様子を、真夜を除く各家当主が興味深げに見ていた。特に弘一と剛毅の眼差しには強い関心が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず真夜の無事な姿を確認できた達也は、する事もないし学校に戻ろうかと考えていたが、見覚えのある赤系統の制服姿を見つけ、呼びかけた。

 

「一条」

 

「司波」

 

 

 父親の剛毅を探していたのだろう。左右に目を配りながら急ぎ足で移動していた将輝が、達也の前に歩み寄った。

 

「司波さんもいらっしゃってたんですか」

 

 

 達也の隣に立つ深雪を見て、将輝は喜びと落胆と諦めと渇望が混ざりあい溶け合った複雑な表情を浮かべた。達也と深雪の間隔は、以前より広がっているが、将輝にはそれが兄妹から恋人へ変わろうとしているのだと思われたのだ。

 

「ええ、大変な事になりましたね」

 

 

 深雪は将輝に少なからず不快感を抱いていた。好意を持たれていたのは知っていたが、自分が四葉の関係者だと分かった途端に婚約を申し込んできたことにもそうだが、せっかく諦めていた願いが叶うかもしれないと言うところに邪魔をされた、という感情が大きかった。

 

「本当に……各家の皆様はあちらですか」

 

「ええ。警察の事情聴取を受けておられるようです」

 

「事情聴取!? すみません、少々失礼します」

 

 

 十師族が纏めて警察の訊問を受けているという状況に危機感を覚えたのか、将輝は父親の許へ向かい、それと入れ替わるように克人が警官の人垣から出てきた。

 

「司波」

 

「警察の事情聴取は一段落ですか、十文字先輩」

 

 

 達也はこの場における自分の立ち位置を、十師族の一員としてのものではなく、学校の後輩と定義した。克人もそれに乗ると決めたようで、視線を達也に固定した。

 

「いや、お前たちに状況を説明する必要があると思ってな……君はもしや、七宝殿の?」

 

「はい。七宝琢磨です。はじめまして、十文字さん」

 

 

 琢磨は達也と対照的に、高校の後輩ではなく同じ十師族の一員として挨拶した。

 

「十文字克人だ。よろしく頼む」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「この子は桜井水波といって、家で預かっている一年生です」

 

 

 タイミングを見計らって達也が克人に水波を紹介した。水波が克人に向かい丁寧にお辞儀をする。それで克人は水波の素性をある程度、具体的には四葉家の使用人というところまで察したようだ。水波に目礼で答えて、克人は話を元に戻した。

 

「お前たちは被災通知を受け取ってここに来たのだろう? 見ての通り、四葉殿も七草殿も七宝殿もご無事だ。小さな怪我もされていない」

 

「そのようですね。ところで先輩、何が起こったのか教えていただいても構いませんか?」

 

「うむ。他の方々へのご説明もあるので簡単なものになるが」

 

 

 克人の言葉を聞いて、達也は周囲をグルリと見回した。四葉家の関係者、具体的には花菱執事配下の荒事担当部隊が目立たぬように身を潜めている事には気づいていたが、他の家の身内と思しき姿もちらほらと見受けられた。

 

「お願いします」

 

「実は我々にも、詳しい事は分かっていないのだ」

 

 

 達也が頭を下げる事で、簡単な説明でも構わない旨を伝えると、克人は何が起こったのか本当に簡単な説明を行った。会議中、自爆テロに襲われ屋上から避難した事、自爆テロには動く死体が使われた事を説明して、克人はそう付け加えたのだった。




カットしましたが、十師族当主たちは、テロから一般人を守り、死者は出しませんでした

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