劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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その考えも仕方ない……


深雪の懸念

 克人の発言を受け、泉美たちはますます混乱したような表情を浮かべた。それは深雪も同じで、表情を変えなかったのは達也一人だけだった。

 

「我々が標的であったかどうかすら、現段階では確定していない。俺は高確率で師族会議が狙われたと考えているが、警察の方でもまだ結論が出ていないようだ」

 

「すみません、克人さん。いえ、十文字先輩」

 

「香澄、どうした」

 

「父は、いえ、皆様は警察に何を聞かれていたんですか?」

 

「何が起こったのか尋ねられた。我々は現場にいて、事実を目の当たりにしているからな」

 

「では、皆様やお父様が被疑者として取り調べを受けていたわけではないのですね?」

 

 

 香澄の横から泉美が、緊張した面持ちで口を挿む。普通に考えれば当たり前で、達也や深雪にとっては少し意外な事に、泉美は本気で父親の事を案じているようだ。だからだろう、泉美に向けた克人の瞳には、微かな躊躇が見え隠れしていた。

 

「共謀や教唆を疑われてはいない。だが、魔法師間の抗争が自爆テロを招いたのではないか、と警察は疑っているようだ」

 

「そんな……」

 

 

 口から呆然とした呟きを漏らしながら、泉美が小さなその手をぎゅっと握りしめる。

 

「反魔法師団体が考えそうな理屈ですね」

 

「お兄様、まさか警察の中に『人間主義者』のような反魔法師団体が……?」

 

 

 深雪のセリフに七草姉妹、琢磨、そして水波がギョッとした顔を見せる。

 

「いや、それはない。もしそんなことがあれば、取り調べはもっと露骨なものになる」

 

 

 達也は京都の嵐山で周公瑾一派の道士に操られた古式魔法師を撃退した際、十師族に非好意的な刑事から受けた執拗な取り調べを思い出しながら、深雪の懸念を否定した。それで深雪も一年生たちも一先ず安堵したようだが、克人は持ち上げた眉に、見開いた目に、意外感を残したままだった。

 

「司波、お前たちは兄妹ではなく従兄妹だったのではないか?」

 

「ああ、深雪の『お兄様』ですか? つい先日まで兄妹だと思い込んでいましたから……なかなかすぐには変えられません」

 

「なるほど。そうだな」

 

 

 深雪が動揺を表す前に、達也が決まり文句のように使っている理由を克人に告げた。克人はそれで疑いを解いた。

 これは克人が騙されやすいというより、達也の声や挙動があまりにも自然だったということだろう。嘘を吐くことに罪悪感も快感も覚えない、生粋の嘘つきの態度である。

 

「あれ、兄貴?」

 

「智一さんか」

 

 

 ナイスタイミングと言おうか好都合と言おうか、ちょうどその時、香澄が声を上げてくれたお陰で、克人の注意はそちらへ向いた。先方でも香澄と泉美に気が付いたようで、こちらに手を振る青年を見て克人がその名を呟いた。

 

「司波、他に聞きたい事は無いか?」

 

「いえ、ありません」

 

「七宝はどうだ」

 

「いえ、俺もありません」

 

「では、俺はこれで失礼する」

 

 

 克人がこちらに足を向けた青年へと進んでいく。

 

「深雪先輩、司波先輩。兄が参ったようですので、私たちも失礼させていただきます。帰りは兄と一緒と言うことになろうかと思いますので、お気遣いなく願います」

 

「司波先輩、会長、失礼します。桜井さん、またね」

 

 

 泉美と香澄が達也たちに一礼して智一の側へと進んでいく。最後に香澄は水波に手を振って去っていった。

 

「お兄様、あちらの方は泉美ちゃんたちの?」

 

「ああ。七草智一さん。七草家のご長男だ。泉美たちにとって異母兄になる」

 

「そうですか……」

 

 

 深雪の声に納得のニュアンスがあったのは、香澄が「兄貴」と言い泉美が「兄」と呼んだその声に、何処となく余所余所しさが感じられたからだった。

 

「ところでお兄様、先ほどのお話しですが」

 

「ああ、警察が反魔法師主義に汚染されてはいないか、という件だな。さっきも言ったように、その心配は無いと思う。むしろその方が事態としては簡単なんだが」

 

「……反魔法主義に限らず、警察が思想的な汚染を受けているとしたら、一大事だと思いますが?」

 

「警察官の一部が反魔法主義に染まっているなら、その警官を処分すればいい。何もこちらが手を下す必要は無い。情報だけ流してやれば警察が組織的に対応するだろう」

 

 

 その後も深雪の不安に丁寧に答えていった達也だったが、彼はその可能性を口にする時も、眉一つ動かさずいつも通りの冷静さを保っていた。

 

「死者がいないのがせめてもの救いですかね」

 

「負傷者が出た時点で大差はないだろうな。一般市民が巻き込まれたという事実だけをピックアップし、さも魔法師が悪いように報道するだろう」

 

「十師族のご当主たちも、れっきとした日本国民だと思うのですが」

 

「この際国籍は関係ないだろう。魔法師が引き起こした抗争に魔法師でない一般市民が巻き込まれた、という事が重要なのだから」

 

 

 あきらめにも似た口調で淡々と告げる達也に、深雪は自分の感情をどう処理すればいいのかに悩んだ。達也が告げているのは紛れもない事実として、そう遠くない未来に報道されるだろう。だからと言って達也にあたるわけにも行かないし、まだ報道されもしていない事を抗議しに行くのもおかしい。結局深雪は、やり場のない怒りを自分の中に溜め込んだのだった。

 

「あの、司波先輩」

 

「何だ、七宝」

 

「さっきの話……いえ、何でもありません。失礼します」

 

 

 達也と深雪の話を横で聞いていた琢磨が、何かを言いたそうにしていたが結局何も言わずに離れていった。

 

「七宝くんは何を言いたかったのでしょうか」

 

「さあな。それはアイツにしか分からないだろうさ」

 

 

 なんとなく心当たりのあった達也ではあったが、確証がない上に彼女とは七宝に近づくなという約束を交わしている。力になってくれるかどうか定かではない相手に期待するのは、達也の考えとしては成立しない事なのだ。結局達也たちもすることが無かったのでその場から離れ、後で真夜に電話をすると言う事で話がまとまったのだった。




またマスコミの煽りが始まる……

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