漸く警察の事情聴取から解放された十師族の当主たちは、将輝が乗ってきたヘリで魔法協会関東支部へ向かった。無論、別行動していた克人も一緒だ。他に将輝がいるのは当然のこととして、香澄、泉美と二人の兄で弘一の長男である智一、そして琢磨も一緒だった。
魔法協会についた当主たちは、将輝、香澄、泉美、智一、琢磨を別室に待たせて協会の会議室に篭った。急な事にも拘わらず協会が用意した円卓の周りに腰を下ろした当主たちは、互いに顔を見合わせた後、最年長の二木舞依に目を向ける。
「無意味な前置きで無駄に時間を費やすのは止めましょう。この非常事態にどう対処すべきか、皆様のご意見をお聞かせください」
「マスコミを抑えるのは難しいでしょう」
舞衣の視線を受け、十師族の中でマスコミの扱いに最も通じている弘一が、悲観的な見込みを口にする。
「幸いな事に死者は出なかったが、世間をヒステリックな方向へ煽るには十分すぎるほどに負傷者が出ています」
「だからと言って手をこまねいているわけにはいかないでしょう」
間に一人挟んだ席から五輪勇海が反論する。だがその声には勢いが無かった。
「いや、当面は静観する方が良いのではないか。あまり性急に反対工作をすると大衆に見透かされかねない。そうなれば余計に反発を招く」
「そうですね。そもそも我々もまた被害者であり、弁明しなければならない事は何もない。焦って動いて痛くもない腹を探られるのは得策とは言えません」
三矢元が唱えた消極論に、八代雷蔵が同意を示す。
「しかし、黙っているだけでは一方的に悪者扱いされるだけだ。事は我々だけに留まらない。魔法師全体が白眼視されかねない」
「私も一条殿に賛成だ。やり過ぎて反感を買うのは論外だが、黙っていても良い事など無い。こちらが抵抗しなければ、相手に追い詰められていくだけだ」
剛毅と六塚温子は積極的に手を打つべきだと主張した。会議は始まったばかりだが、早くも決裂ムードが漂い始めた事に眉を顰めた舞依は、まだ意見を述べていない者に発言を促した。
「十文字殿は如何お考えですか? どうぞご遠慮なく、ご発言ください」
克人は同じテーブルを囲む一同に軽く頭を下げながら、予想外にきっぱりとした口調で意見を述べた。
「マスコミ工作は無駄でしょう。その点は七草殿に賛成です」
「では何もしない方が良いと?」
「いいえ。小細工はせず、堂々と我々の立場を主張すべきだと考えます。具体的には、魔法協会にテロを非難する声明を出させるのです」
「なるほど」
意表を突かれたという表情で、雷蔵が頷いた。搦め手ばかりに意識が行っていて、正攻法を見落としていたようだ。
「十文字殿のご提案は具体的な対応策として検討する必要があると思います」
「あっ、私も魔法協会を通じて声明を出すというのは良い案だと思います」
「八代殿は弁明不要というお考えだったのでは?」
七宝拓巳が克人の案に賛意を示し、雷蔵も軽く手を上げて賛意を示した。そして温子が不謹慎とも思われる茶々を入れ、剛毅が顔を顰めた。
「四葉殿は如何お考えですか」
「どれか、選ぶ必要などないと思いますわ。そうではありませんか、七草殿」
「確かにそうですね」
弘一は真夜の挑発とも思われる言葉に、平然とした顔で頷いた。
「魔法協会を通じた声明は当然出すべきでしょう。テロを非難するだけではなく、犯人逮捕に全面協力するという宣言を付け加えるべきだと考えます」
円卓をグルっと見回し、反対の声が上がらないのを確認してから、弘一は続きを口にする。
「無論、マスコミ工作の方も進めておくべきだと思います」
「だが、マスコミを抑えるのは難しい。そう言ったのは七草殿、貴方ではないか」
元の指摘に、弘一は愛想笑いを浮かべて頷いた。その後、弘一の具体的な案に剛毅が議論に加わり、そして真夜が加わった。
「テロリストを放置するというわけにも参りませんわ。連続テロや模倣犯を阻止するためにも、私たち十師族の面子に懸けて首謀者を捕らえるか、あるいは処分する必要があると思います。ですが私たちが直接捜査に携わるのは得策ではないでしょう。捕まえられなかった場合の外聞も問題ですが、それよりテロの再発を防止するために目を光らせておく必要があると思いますの」
「私たちは新たなテロの阻止に目を配るべきと?」
舞衣の質問に、真夜は「ええ」と頷いた。
「では、テロリストの探索には誰を向かわせましょうか?」
温子のセリフは真夜にのみ問いかけるものではなく、師族会議としてどうするかを問うものだった。
「当家からは達也を遣わせます」
「将輝にその任を与えよう」
真夜はそれを理解していながら、あえて四葉家としての方針を答え、剛毅がまるでそれに張り合うかのように将輝の名を挙げる。
「四葉殿、一条殿、お待ちください。四葉家の達也殿も一条家の将輝殿も高校生ではありませんか。潜伏している犯罪者を炙り出すには往々にして時間が掛かるもの。十師族の務めとはいえ、高校生の身で学業を長期間犠牲にするのは如何なものかと存じますが」
舞衣の常識論に、剛毅は反論に詰まってしまった。だが真夜はまるで狼狽える事無く、舞依に向かって微笑み返した。
「お心遣いありがとうございます、二木殿。ですが、ご心配には及びません。逃げ隠れする相手を見つけ出すのは、目に見えている敵を撃退するより遥かに時間が掛かるもの。それは確かでしょう。ですがその点を考慮しても、我が四葉家のバックアップを受けた達也ならば、テロリストを仕留めるのに一ヶ月も掛かりません。その程度で学業に支障を来す事もありませんわ」
自信があるというより、未来を予知しているかのような真夜のセリフに、舞衣は圧倒されていた。だがそこは同じ十師族の当主。気圧されて舌が動かなくなると言う事は無かった。
「……しかし、達也殿がまだ高校生という事実は事実。ご子息が如何に有能であっても、学外でテロリストをおわせるというのは外聞が悪すぎはしないでしょうか」
舞衣の言葉に、真夜は微かな笑みで応えた。その笑顔は「今更ですね」と語っていたのだった。
真夜さんの笑みは、見るものを惑わせる気がする……