二〇九五年四月に発生した第一高校テロリスト襲撃事件の詳細は、一年以上にわたって秘匿されていたが、今ではその大体の顛末が十師族の間に公開されている。達也が使った魔法については、未だ詳細が明らかにされていないが、彼と克人が中心になってテロリストを倒したことは、達也が四葉家の一員であることが明らかにされた後に十文字家から、つまり克人本人から十師族各家へ報されていた。
また無頭竜の幹部暗殺に関しては秘密にされているが、横浜事変における国際会議場での立ち回りは当時から知られていた。パラサイト事件についても、詳細は伏せられているが関与自体は明かされているし、去年の秋、周公瑾を仕留めた件も昨日、真夜の口から語られた。高校生だから危険な真似はさせられない、という良識論は本当に今更だった。
軽い膠着状態に陥った会議場の空気を動かしたのは弘一だった。
「当家の智一にテロリスト追跡の指揮を執らせていただけませんか。長男は既に学業を終えた身で、仕事も時間の都合がつくものです。また、テロリストがどこに潜んでいるとしても、手がかりは現場である箱根の近くにあるはずだ。関東・伊豆方面は十文字家と我が七草家が担当する地域です。もし周公瑾と内通していた私が信用できないということであれば、十文字殿を責任者とし、智一をその補佐とする形でも結構です」
剛毅が舞依と、勇海が温子と、拓巳が雷蔵と顔を見合わせ、弘一の真意を測りかねているところに、誰ともアイココンタクトし損ねた元が、探りを入れる目つきで弘一の真意を問い質した。
「……それを以って罪滅ぼしとしたい、ということだろうか?」
「もちろんこれだけで皆様の信用が取り戻せるとは思っていませんが、汚名を雪ぐ第一歩にしたいとは考えております」
「よろしいのではございませんか。関東は七草殿と十文字殿のテリトリーですもの。七草殿が請け合われるのであれば、私はお任せしても良いと思います」
真夜が弘一の顔を見ずに、彼のプランを支持し、舞依に向けて微笑みかける。その笑みに応えたのは、舞衣ではなく克人だった。
「皆様にご異存がなければ、私もそのお役目を引き受けたいと思います」
「ご必要でしたら達也にお手伝いさせますので、遠慮なく仰ってください」
「かたじけない。一条殿にもご助力いただくことがあろうかと存じます」
「無論、当家も労は惜しまない。将輝を好きなようにこき使ってくれ」
真夜と剛毅に頭を下げて、克人は弘一に目を向けた。
「七草殿。名目上は私が責任者と言うことにさせていただきますが、実際の指揮は智一殿にお任せしたいと思います」
「ありがとうございます」
弘一がまさしく親子の年齢差がある克人に向かって、丁寧に一礼する。しかし、克人のセリフはそこで終わりではなかった。
「ただし、四葉家の達也殿、及び一条家の将輝殿は私の方で預からせていただきます」
「ご主旨はよくわかりませんが、構いませんよ」
弘一は克人に向かって鷹揚に頷き、今度は克人が弘一に向け、落ちついた仕草で一礼する。
「では、魔法協会を通じてテロを非難する声明を出す。及び十文字殿を責任者とし、七草殿が主力となってテロの首謀者を捜索する、という方針でよろしいですか」
「その方針自体に反対はしませんが、そもそも首謀者は日本にいるのでしょうか」
「それは間違いない。死体を操っていた魔法は事前に決まった動作をプログラムする類の術式ではなかった。少なくとも実行のタイミングは遠隔操作によるものだ。あれほどの数の人体にコマンドを送る為には、ごく近くに潜んでいなければならなかったはずだ」
「ごく近くとは?」
勇海の質問に、剛毅は少し考えてから口を開いた。
「術者の技量にもよるが、最大で半径十キロ。相手が我々の想定を超える魔法技術を有していないと仮定すればだが」
「それは考えても仕方がないでしょう。相手が我々の常識を超える魔法の使い手ならば、国内にいたとしても捕捉は不可能です」
「それもそうですね。私は先ほどの方針で良いと思います」
雷蔵が改めて舞衣の纏めたプランに指示を表明する。それをきっかけにして、次々と賛同の声が上がり、予定外の師族会議は終わったのだった。
方針が決まり、各家当主が急いで帰路につく中、一条剛毅も将輝を伴い、ヘリで金沢へ向かっていた。
「将輝」
「はい」
魔法協会関東支部のヘリポートから飛び立ち針路を西北西へ向けたところで、剛毅が息子に話しかけ、その声音からこれが親子の会話ではなく当主とその嫡子の会話であると理解し、改まった応えを返した。
「今回のテロに対する師族会議の方針を伝える」
「はい」
「十師族は魔法協会を通じてテロを非難する声明を発表すると共に、テロ首謀者を捜索し、これを捕縛する。捜索の責任者は十文字殿。七草家のご長男、七草智一殿がその補佐につく」
「我が一条家はどのような役割を担うのですか」
「十文字殿以外の十師族当主はテロ再発防止に当たる。将輝、お前は十文字殿の下でテロリストを追う任が与えられた」
「はい」
将輝は背筋をいっそうピンと伸ばして応えた。彼の顔に浮かんでいるのは、緊張ではなく興奮の色だ。将輝はテロ首謀者の捜索・捕縛の任務を名誉なものと考えていた。
「学校はしばらく休んでもらう事になるだろう。公休扱いとなるよう、俺の方から校長に話しておく」
「分かりました」
「四葉家の司波達也殿がお前と同様、十文字殿の下で捜索に加わる。将輝、意地を見せろよ」
「はい!」
真夜が出した条件を既に伝えてあるので、将輝はより一層引き締まった顔で剛毅の問いかけに応えた。この任務で達也より結果を残せれば、深雪に対するアピールになると考えたのだろうが、そもそも脈が無いと親子共々気づいていないのだった。
将輝は役に立つのか……