達也が八雲の寺に稽古に言っている間に、ミアは朝食の準備と風呂の準備を並行して進めていた。彼女の背後では、深雪と水波が恨めしそうに作業するミアを見つめているのだが、これは慣れるしかないと諦めて何も言わずに作業を進めている。
テロ事件の捜査に達也が加わることは、ミアも伝えられているので知っている。だが具体的に何をするのかなどは聞かされていないので、とりあえずは自分に出来る事をしようと思い、今日も達也の為に朝食の準備をしているのだ。
ミアが準備を進めている間、深雪と水波は一歩も動くことなくミアを見続けている。真夜から家事一切を禁じられてしまったので、よほどの事が無い限り家の事はミアに任せる事にしたのだが、真夜の命令に背いてでも達也の世話をしたいと思ってしまうのだった。
拳を力いっぱい握りしめ、血涙でも流しそうな勢いだった二人だが、来客を告げるチャイムが鳴り響き、首を傾げる。達也が帰ってきただけなら、チャイムなど鳴らさないし、この家に宅配便などが届く事はほぼない。あったとしてもこのような時間に届けられることはまずないので、二人は顔を見合わせ、水波がインターホンに応えるのだった。
「どちら様でしょうか?」
『アンジェリーナ・クドウ・シールズと申します。こちらでミカエラ・ホンゴウがお世話になっていると聞いてきました』
水波が深雪に視線で尋ね、深雪はその問いかけに頷いて答えた。水波が玄関に向かい、リーナを迎え入れミアのところへ案内する。
「少佐!? っ、リーナ……何か御用でしょうか?」
「七草家に問い合わせたらこっちにいるって聞いたから。新しい生活には慣れた?」
「問題ありません。こちらでは外出の際も監視が付くことが無いので、七草家より自由に過ごせています」
「ミアさん。リーナと積もる話もあるでしょうし、朝食とお風呂の準備は私たちが引き継ぎますね」
「あっ、申し訳ありません……」
元メイドとしての血が騒いだのか、水波はリーナとミアの分のお茶をすぐさま用意し、深雪は達也の為と朝食の準備を即座に引き継ぎ、ミアをリーナの相手に押し付ける事に成功したのだった。
「ミア、タツヤの様子はどうなの?」
「達也様は今朝も変わらず、九重寺へ組み手の稽古へお出かけになられております」
「日課というわけね。それで、例のテロ事件の捜査にタツヤが加わるって噂が流れてるのだけど、本当なのかしら?」
「そのようですよ。十文字家当主、十文字克人殿の指揮下に入ると」
「カツト・ジュウモンジの?」
リーナは噂で、七草智一の指揮下に達也が加わると聞いていたので、ミアから伝えられた情報に驚いた表情を見せた。
「ミアさん、あまり外部に達也様の情報を伝えるのは控えてください。達也様はお気になさらないとは思いますが、四葉の情報を外に漏らすのはご当主様の心証を悪くするだけですよ」
「すみません、桜井さん。ですが、リーナは達也様の婚約者候補の一人、外部というのは少し違うと思いますが」
「候補でしかない身ですので、まだ関係者ではありません。ましてやUSNA軍スターズ総隊長である彼女に情報を流すのは四葉に、害をなすとみなされても文句は言えませんよ」
水波の攻撃的な態度に、リーナは少しムッとした表情を見せる。偵察に訪れたのは紛れもない事実だが、ここまで非難される覚えはリーナには無かった。ここで感情を抑えられたら一流の偵察員になる素質があったのかもしれないが、リーナにはそのような素質は無かったのだ。
「水波ちゃん、そろそろお兄様――達也さんがお帰りになられるから、リーナの相手はミアさんに任せて、着替えとタオルの準備をお願い」
「畏まりました、深雪様」
「それじゃあリーナ、今忙しいから相手を出来なくて悪いけど、ゆっくりしてね」
「ワタシも手伝いましょうか?」
「いいわよ、別に。だってリーナはお客様なんだから」
深雪の本音は、リーナに達也の世話を任せられないなのだが、それをリーナに感じ取らせない程、彼女が被っている猫の皮は分厚く、そして何枚もあるのだ。心の裡を探ることが得意ではないリーナは深雪の本音に気付かないまま、ミアとお喋りを続ける事にした。
「ミア、貴女あの二人に虐められてるの?」
「そんな事はないですよ。ですが、半強制的に家事をすることを禁じられたようですので、ジェラシーを抱かれているのは否めません」
「どういう事?」
ミアは、深雪たちが達也の世話をすることを禁じられた経緯をリーナに話した。話を聞かされたリーナは、その気持ちが理解できると大きく頷いたのだった。
「確かに、妹じゃなくって婚約者候補になった以上、必要以上にタツヤの世話をさせるのは他の候補者に失礼だと思うわ」
「妹ではなく従妹ですので、必要以上の接触も禁止するべきだという意見があったようですが、高校を卒業するまでは同居を認めるとご当主様が判断したようですので、そこは変わらなかったようです」
「まぁ、ミユキがタツヤの事を好いていたのは、短期間過ごしただけで分かったけど、まさか本当に婚約者候補になるとは思ってなかったわ……」
肩を竦めお茶を飲んだリーナは、玄関が騒がしい事に気が付き、リビングから顔を覗かせた。
「リーナ、こんな時間に訪ねてくるとは。相変わらず常識からズレているんだな」
「相変わらずってどういう意味よ、タツヤ」
「君を初めて見た時、現代のファッションセンスから随分ズレているなと思ったんだ。どうやらセンスだけではなく常識も世間一般とはズレているようだな」
「仕方ないでしょ! ワタシは普通の生活をしてないんだから」
この場にいる全員、リーナの素性を正確に把握しているので、リーナも嘘を吐く必要が無いと判断したのか、自分が普通ではないとはっきりと言ってしまったのだった。
出番増えたのは良いが、リーナのセリフってカタカナが多いからやりにくい……