二月八日金曜日、十七時五十七分。達也は克人に指定された通り魔法大学の正門前に来ていた。一旦帰宅してから公共交通機関を使ってここまで来た達也は、テーラードジャケットの上から動きやすいハーフコートを羽織るという出で立ちだった。
「達也くん。ゴメン、待った?」
「それほどではないので、気にしないでください」
正門から出てきた真由美に声を掛けられたのは、待ち合わせの時間を五分弱過ぎたところだった。彼女はダッフルコートに膝丈のスカート、厚手のタイツにロングブーツというカジュアルな装いで、薄いトートバッグを肩から提げているスタイルも相まって、如何にも女子大生という雰囲気を醸し出している。
真由美本人に言うとへそを曲げるに違いないが、こうして並んでいると達也の方が年上にしか見えなかった。
「もう……そこは『いや、俺も今来たところだ』って答えるところでしょう」
息を弾ませ笑顔で尋ねる真由美に正直に答えた達也だったが、その答えは真由美のお気に召さなかったようで、少しむくれて見せたのだが、達也は特に取り合わずにもう一人の待ち合わせの相手を探した。
「ところで、十文字先輩はご一緒ではなかったんですか?」
「……十文字くんはお話出来る所へ先に行ってるわ。場所は聞いてるからついてきて」
達也が自分に取り合ってくれない事に不満を見せたが、これが達也だと諦めて、真由美は達也を促して歩き始める。
「このお店は紹介が無いと入れないから、元々変な人は来ないんだけど。それに加えて十文字くんがしばらく貸し切りにしちゃったみたいだから、他のお客様の目や耳は気にしないで良いわよ」
「そうですか」
真由美の説明に相槌を打ち、達也は先に座っている克人に目礼を入れた。
「十文字くん、お待たせ」
「いや、俺も今来たところだ」
克人の対応に満足げな笑みを浮かべてから、真由美は達也の顔をちらりと覗き込んだ。
「掛けてくれ」
真由美の視線を無視し、達也は克人の声に従い、何食わぬ顔で彼の正面に座った。真由美は再び頬を膨らませたが、二人とも取り合ってくれないと分かると小さくため息を吐き、克人の斜め前、つまり達也の隣に腰を下ろした。
「さっそくだが、何か分かった事は無いか?」
克人の性急にも思える問いかけに、達也と真由美が顔を見合わせる。アイコンタクトの結果、真由美が先に口を開いた。
「残念だけど、今のところめぼしい手がかりはないわね。テロリストはアメリカから海路で日本にやって来て、横須賀に上陸したらしい、というところまでは見当がついたんだけど。これも憶測に過ぎないわ」
「俺の方は、USNAから情報を入手しました」
続く達也のセリフに、真由美が驚きを、克人が意外感を示した。
「アメリカから? いったいどんな伝手があったの?」
「リーナですよ。アンジェリーナ・クドウ・シールズ、七草先輩も会いましたよね?」
「会ったけど……シールズさんが何故そんな情報を持ってたの?」
真由美は、リーナがアンジー・シリウスであることを知らないので、更なる驚きを見せたが、達也はそれ以上何も言わなかった。
「リーナからの情報によれば、テロの首謀者は元大漢の魔法師で、名前は顧傑。英語名はジード・ヘイグ。外見の年齢は五十代、肌の色は黒、髪の色は白。信憑性は、残念ながら不明ですが」
「確証が無くとも全く手掛かりがない現状では有力な情報だ。七草」
「ええ。過去二週間以内に入国した外国人から、今の情報に当てはまる人物をピックアップさせるわ」
「密入国している可能性が高いと思うが」
「ええ、そうでしょうね。でも人が動けば必ず痕跡が残るわ。横須賀から箱根の地域に絞って調べさせれば、必ず何か手掛かりが出て来るはず。警察にも手を貸してもらいましょう」
警察に対して最大の影響力を持っている魔法師一族は、機動隊を中心に魔法師警官の約半数が一度はその門を叩くと言われている千葉家だが、関東の、捜査部門に限って言えば七草家がむしろ優越している。そうでなくてもあれだけの大事件、外野から言われなくても警察は必死に犯人を捜しているはずだ。どんな些細な手掛かりにも食い付くに違いない。それは克人にも説明されるまでも無く理解できた。
「そうだな。では七草はその方向で動いてくれ。司波は引き続き手掛かりの収集を頼む」
「ええ、良いわよ」
「分かりました」
三人が互いに目を合わせて頷きあう。
「お前たちの方から提案は無いか? 聞きたい事でも良い」
克人の問いかけに、達也と真由美は無いと答えた。克人は頷き、二人に別の事を尋ねた。
「二人とも、食事はどうする予定だ? もし食べていけるのならすぐに用意させるが」
「すみません。家で用意していますので」
「……私も、今日は遠慮しておく。明日はご馳走になろうかな」
達也が先に辞退を口にし、真由美が達也の顔をちらりと見てから、申し訳なさそうな声で克人に答えた。
「分かった。では明日もこの時間で構わないだろうか」
「ええ、良いわよ」
「分かりました。もし都合が悪くなればご連絡します」
「うむ。俺は次の打ち合わせがある。司波、七草を送ってやってくれ」
「ええっ!? 良いわよ、そんな」
この場所は魔法大学から見て、駅とは反対の側。こんな時間に達也と二人でいるところを大学の知り合いに見られたら、ただでさえ噂されているのに、その噂に拍車がかかってしまう。
「外は既に暗くなっている。七草の実力を疑うわけではないが、今は何処にテロリストが潜んでいるか分からない。狙われているかもしれないというのに、女性の一人歩きは許容できない」
「七草先輩。送っていきますよ」
克人の言葉は最もで、真由美が反論に窮しているところに、達也からダメ押しの一言が放たれた。
「……じゃあ、お願いします。十文字くん、また明日」
「ああ。気をつけて帰れよ」
克人の声に達也は一礼し、真由美は軽く手を振ってから達也と共にレストランを後にしたのだった。
次回、あの人が登場する……かも