達也が家に帰ると、何時も通り深雪と水波、そしてミアが玄関で彼を出迎えた。達也のハーフコートを脱がせるときに、ほんの少し顔を顰めたのは、真由美がつけていた香水の残り香を嗅ぎ取ったからだが、三人は何も言わなかった。
「留守中、何もなかったか?」
「葉山さんからご伝言が。晩御飯をいただきながらお話ししたいと思いますが、それでよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
深雪の提案を受け入れ、達也たちはダイニングへと向かう。既に用意し終えていたので、ミアが四人分の食事をテーブルに並べ、達也の隣に深雪、正面に水波という並びで腰を落ち着かせた。
「鎌倉か」
「はい。鎌倉の西丘陵部に周公瑾が架空名義で購入した隠れ家があるそうです。顧傑はそこに潜伏しているとのことでした」
「そこまで詳しく分かっているのか……」
どうやって場所を特定したのかも気になったが、それ以上に、何故そこまで分かっていながら捕縛に動かないのかと訝しんだ。彼の微妙な表情の変化を読み取り、深雪が不安そうに尋ねる。
「お兄様、何か気がかりな点でも?」
「いや、どう仕掛けるか、段取りを考えていた」
達也は自分が懐いた疑問を正直に答えなかった。それを言えば、深雪が気に病み、水波が心配する。自分に責めるつもりがなくとも、二人はそう受け取ってしまうだろう。
「こちらがどういう布陣になっているか、後で葉山さんに聞いてみる事にするよ」
達也はそう言って、話をいったん切り上げたのだった。
二月九日土曜日、未明。達也が電動二輪で鎌倉へ向けて出発し、五時前に鎌倉西部の丘陵地、顧傑が潜伏している別荘地に到着した。
相変わらずの出で立ちで達也を出迎えた吉見に、達也は情報端末を取り出し彼女に向けた、彼女の方でも情報端末を差し出している。
二人同時に右手の人差し指を相手の情報端末に押し付け、ディスプレイに内蔵されたスキャナーが作動し、端末が指紋を読み取った。
「案内してください」
「こちらへ」
達也の言葉に頷き、吉見は彼を先導して歩き始める、達也はバイクを残してその背中に続いた。しばらく歩いて吉見がある別荘の前で足を止めた。周囲には四葉家の実働部隊が取り囲んでる気配がした。
この隠れ家を見つけたのは黒羽家だが、何らかの事情によって攻撃時の包囲は別の分家が受け持つことになったのだと、達也は囲っている気配からそんなことを考えていた。
顧傑は死体を操る魔法を使うので、死体に精神干渉系の幻術は効かないし、痛覚の無い死者に貢とその配下が得意とする「毒蜂」は通用しない。戦闘段階で黒羽家を外すのは合理的な采配だ。
「ここですか? 番地が違うように思われますが」
「間違っていました」
達也は両手でトライデントを抜いて、エレメンタル・サイトを隠れ家の中に向けた。人の形をしたものが三つ。死者ではなく生きている人間だ。
「総員、耐熱、対魔法防御! 顧傑はいない。中にいるのは『ジェネレーター』が三体」
強化魔法師『ジェネレーター』による待ち伏せ。こちらの襲撃計画が漏れていたと言う事だ。しかしその事に疑いを差し挟むとか、情報漏洩の経路について問答するとか、そんな無駄話は達也も吉見もしなかった。
「三人とも死体を残してください」
吉見はそれだけを達也に求めた。雲散霧消で消し飛ばしてしまっては、彼女の魔法でも手掛かりは得られない。だがそれは同時に、生け捕りにする必要が無いと言う事であり、戦闘の難易度は大きく下がる。殺人に対する忌避感が薄い達也にとっては、ありがたいリクエストだった。
「下がって。俺が一人でやります」
吉見が頷き背後へ跳躍する。それと同時に、じりじりと包囲を狭めていた分家の戦闘員も前進を止めた。燃え盛る隠れ家の中から、魔法が放たれる。術式は「発火」で、起動式の展開は無かった。
「(サイキックに近い、能力特化型のジェネレーターか?)」
達也は敵の正体を推測しながら、味方が潜んでいる茂みや家屋に向けて放たれた「発火」の魔法式を分解し、瓦礫の上に現れた三体のジェネレーターに向けて引き金を引いた。三体のジェネレーターが、心臓を失って仰向けに倒れた。
消防のサイレンが遠くから近づいてくる、火事は既に鎮火したが、それで消防車がUターンすると言う事は無いので、そろそろ撤収しなければならなかった。
達也がCADを構えたまま瓦礫に歩み寄り、その一歩手前で立ち止まる。死体を見下ろす達也の背後に、吉見が駆け寄ってきて、達也を追い越し、火が消えただけでなく熱も失せた瓦礫を踏んで死体に近づく。横たわるジェネレーター三体の中に、仄かな想子光が瞬く。
遅延発動型魔法式の活性化。おそらくは対象の死亡を発動キーとした術式だ。達也がCADを持つ右手をスッと上げた。
心臓を失ったジェネレーターが跳ね起き、手近な人間に襲いかかる。標的の一人は吉見だ。彼女は反射的に後ずさろうとして、瓦礫に足を取られ転びそうになる。回避のための魔法は間に合わない、
吉見へ襲いかかる死体へCADを向けて、達也はその引き金を引いた。情報体を分解する魔法、術式解散。ジェネレーターの中にあった想子光が散り失せ、三体のジェネレーターは両手を振り上げた姿勢のまま瓦礫の上に転がった。
「ありがとう……ございます」
「もう大丈夫でしょう」
振り返った吉見の表情はサングラスとマフラーで見えなかったが、彼女の声には動揺と安堵と羞恥の感謝が滲んでいた。達也の言葉に頷き、そして戦闘員たちに「運んで」と指示を出した。
達也は作業する彼らと吉見を残して、愛車を回収すべくその場を後にした。
「司波達也……色々な意味で危険な人ですね……」
作業する戦闘員を見ながら、吉見はそんなことを呟いたのだった。
黒羽勢力とはいえ、達也の魅力には逆らえない……