劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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原作よりはっきりと分かる違い……


響子と寿和の温度差

 達也たちと同じく、テロリスト捜索に当たっている千葉寿和警部は、未だ黒幕の足跡すら見つけられず、手がかりを求めて走り回っていた。捜査は事件現場から、の原則に立ち返って箱根に足を運んできた寿和は、思いがけない相手からの電話に目を見張りながら、音声通信ユニットを耳に当てた。

 

『もしもし、千葉警部でいらっしゃいますか。藤林です、お仕事中にすみません』

 

「大丈夫です。藤林さんのお電話なら何時でも大歓迎ですよ。それで、何か御用ですか」

 

『いえ、用というわけではないんですが……昨日の事が気になりまして』

 

「それでわざわざ掛けて来てくださったんですか?」

 

 

 芳しくない状況にもかかわらず、寿和は心が浮き立つのを感じた。

 

『ええ。「人形師」との面会の後、何か変わった事はありませんでしたか?』

 

「変わった事、ですか……? 死霊術について、あまり捜査の参考にならないマニアックな話を延々と聞かされて、少々疲れはしましたが」

 

『いえ、そうではなく……頭痛がしたり、眠りが浅かったりと言う事はないでしょうか』

 

「特にそう言う事はありませんでした」

 

『そうですか……』

 

 

 電話の向こうから安心したという雰囲気が伝わってくる。寿和は自分の顔がにやにやしているのに気づいていない。相手は妹の同級生の婚約者候補であることは理解しているが、それでも自分の気持ちを抑えられなかったのだ。

 

「心配してくださったんですか」

 

『……心配でした。ですが、杞憂だったようですね。では警部さん、一刻も早くテロ事件の首謀者を捕らえれるようお祈りしています』

 

「ありがとうございます。藤林少尉もお仕事、頑張ってください」

 

 

 電話を終えた寿和は、溌剌とした顔で捜査会議の輪に戻った。それを稲垣が疲れ切った顔で迎える。

 

「稲垣君、どうしたんだ? 顔色が悪いぞ」

 

「たった今、疲労させられただけです。気にせんでください」

 

「無理をするなよ」

 

 

 稲垣は頭痛を覚えているのか、こめかみを指でもんでいる。寿和はそれを、いつものこれ見よがしのジェスチャーだと解釈して、笑いながら稲垣の側を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寿和との電話を終えた響子の前には、モニターを凝視する女性下士官が座っていた。

 

「意識に干渉を受けている形跡はありません」

 

 

 その下士官が、顔を上げて風間へ分析結果を報告する。彼女は心理分析を専門とする特技兵で、中でも洗脳された士卒の発見と洗脳解除のエキスパートだ。こちらの質問に対する声の音程や抑揚、話すスピード、息継ぎの間隔などから暗示の有無を判定する事が出来る。

 

「近江円麿はシロか。藤林にも嫌な役目をやらせたな」

 

「いえ……しかし隊長、やはり危険だったのではありませんか。千葉家は現代魔法の権威とはいえ、その技術は身体操作に偏っています。精神干渉に対する耐性は未知数でした」

 

 

 実を言えば、寿和を「人形師」の所へ向かわせたのは、旅団長である佐伯少将の指示によるものだった。箱根テロの捜査で警察の人間が死体操作の専門家を探しに来た際、崑崙方院残党との繋がりが疑われている魔法師の許へ誘導するよう、複数の情報屋に容疑者名簿をそれと分からぬようばら撒いてあったのだ。ロッテルバルトはそのうちの一つだが、マスターが風間達に協力していたという事実はない。

 

「協力者を炙り出すような迂遠な真似をするのであれば、我々もテロ事件の捜査に加わった方が良いのではないでしょうか」

 

「中尉、我が隊は、いや、我が旅団は箱根テロ事件に関与しない。これは佐伯閣下による決定事項だ」

 

「はい……」

 

「この一○一旅団が十師族に肩入れしているように見られるのは避けなければならない」

 

「はい、理解しております」

 

 

 佐伯少将が設立した国防陸軍第一○一旅団は、十師族を頂点とする民間の魔法師戦力に対抗するものとしてスタートしている。佐伯は十師族の長老である九島退役少将の政治的ライバルと見做されており、本人にその気は無くとも「反十師族」「反九島烈」勢力が国防軍内における佐伯の支持基盤の一角を成しているのは事実だった。

 しかしその裏で、一○一旅団は十師族のリーダー格である四葉家と協力関係にある。これだけなら暴露されてもまだ言い訳の余地はあるが、それ以上十師族と馴れ合う態度を見せる事は出来なかった。

 

「中尉、ご苦労だった」

 

「ハッ。失礼いたします」

 

 

 響子は風間に敬礼して、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響子は隊長副官として、狭いながら自分の事務室を持っている。大隊指令室、つまり風間の部屋の隣である。響子はデスクの前に座って、先ほどの電話の事を思い出していた。

 

「(警部さん、私の昇進の事知らなかったようね。去年の秋には結構熱心にアプローチされていたように感じたのだけど……ただの気まぐれだったみたいね。それに、千葉家のお嬢さんは私と同じ立場だし、それ経由で私の今の状況を知って諦めたのかもしれないし)」

 

 

 数字付きの当主の息子、しかも長男であるのなら、それくらい知ることは容易いだろうと、響子は自分の中で納得して、もう一人の協力者に電話を掛ける。

 

『はい、大黒です』

 

「大丈夫よ、達也くん。ここには私しかいないから」

 

『そうですか。それで、何か御用でしょうか?』

 

「報告よ。近江円麿はシロっぽいわ。接触した千葉寿和警部に、洗脳された痕跡はなかったわ」

 

『そうですか……ですが、警察は基本ツーマンセルですよね? 相方の方は大丈夫なのでしょうか? それとも、千葉寿和警部は単身、近江円麿宅に乗り込んだのですか?』

 

 

 達也の当然ともいえる疑問に、響子は口を押さえた。洗脳するなら二人纏めて、という固定概念から、片方だけが洗脳されたかもしれないという、もう一つの可能性を完全に見落としていたのだった。

 

『中佐にもその事は言っておいた方が良いと思いますよ。まぁ、千葉寿和ほど接触は簡単ではないでしょうけどもね』

 

「そうね……一応調べられないかどうか動いてみるわ」

 

『そうしてください。では、お休みなさい、藤林さん』

 

 

 最後は仲間ではなく、婚約者候補に向けての挨拶だったと受け止め、響子はにやけそうになった頬を叩き、風間の部屋に向かったのだった。




原作では何故気づかなかったのだろう……

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