二月十一日、月曜日。何時ものように深雪と水波の三人で登校した達也は、教室に向かう途中、校内が妙にざわついているのを感じた。
「お兄様、何か皆さんざわついていませんか?」
「そうだな。転校生でも来たんじゃないか?」
こんな時期に転校生など、普通はあり得ない。深雪は達也の言葉を冗談として受け取り、達也と別れた。実は達也は、気配探知でこのざわつきの原因を突き止めていたのだが、せっかく同じクラスになるのだろうから、新鮮な驚きはその時まで取っておいたのだ。
ざわついているのは、二年E組でも例外でなく、達也が教室に入った途端、全員の視線が達也に向いた。
「おはようございます」
「おはよう、美月。何なんだこの視線……」
美月に朝の挨拶をしながら、達也は彼女に視線の意味を尋ねた。
「私もはっきりとした事は知らないんですけど……何でも三高の一条さんが当校に来ているそうですよ」
「一条が?」
理由に心当たりもあるし、気配もしっかりとつかんでいるのだが、ここは話を合わせた方が良いだろうと考え、達也は驚いてみせた。
だがまったくの演技というわけではなく、達也はよくこんな裏技が通ったものだと、別の意味で驚いているのだ。
「美月はその話を誰から聞いたんだ?」
「あたし」
答えは達也の背後から返ってきた。エリカが窓から身を乗り出して、ではなくE組の教室に入って来て彼の後ろに立っていた。
「おはよう、エリカ。それで、一条を何処で見たんだ?」
「あたしが直接見たわけじゃないんだけどね」
普通に振り返って尋ねてきた達也に、彼をびっくりさせることを諦めているエリカは、つまらなそうな顔をすることなくその問いに答えた。
「一条くんが教頭に連れられて校長室に入っていくところを見た、って子がいたからさ。今まで知り合いに聞いて回ってたんだけど、結構な数の子が同じことを言ってるから間違いないんじゃないかな? てか、達也くんなら気配探知とかで知ってるんじゃない?」
エリカが最後に達也の特技を思い出し、ズイっと顔を近づけて問いかけると、達也は軽く笑みを浮かべエリカの頭に手を置いた。
「何?」
「近い。エリカは自分の人気を自覚した方が良いな」
軽く頭を撫でてから、達也はエリカの顔を遠ざけて視線を周りに向ける。すると慌てて達也たちから視線を逸らす男子生徒が多数いたことに、エリカは驚きを覚えた。
「びっくりね。あたしが達也くんの婚約者候補だって、もう結構な人が知ってると思ってたけど、まだ知らない人もいるんだね」
「知ってて嫉妬してるんじゃない? エリカちゃんも達也さんも、凄い人気だから」
美月がそう言って辺りを見渡すと、今度は慌てたように視線を逸らす女子が多数いた。その事にもエリカは驚きを覚え、そして見せつけるように達也にくっついた。
「そう言えば達也くん、ウチの兄貴に国防軍の人らしき人が接触してるらしいんだけど、もしかして藤林さん?」
「さぁ、俺はそこらへんは知らない。だが、多分接触してるなら目的は寿和さんじゃなく、パートナーの方が目当てだと思うぞ」
「パートナーって……稲垣さん?」
達也は、稲垣と顔を合わせたことが無いので、名前を言われても「そうだ」とは答えられない。だが、エリカが思い浮かべたパートナーが稲垣という名前の刑事なのなら、きっとそうなのだろうと答え、達也はエリカに教室に戻るよう言ったのだった。
達也が冗談のように言ったことは、深雪の中で真実に変わっていた。HRの時間になり、教壇に立っているのは、A組の指導教員ではなく、教頭の八百坂ともう一人――
「皆さんご存知の通り、一条君は第三高校の生徒です。が、この度お家の都合により一ヶ月ほど東京で生活する事となりました」
――一条将輝本人だった。
将輝がこの場にいるだけでも驚くべきことなのに、教頭がわざわざ説明に訪れて語る内容は意外過ぎて、一度では生徒の頭に入っていかなかった。
「教頭先生。つまりは三高の一条さんが、このクラスに転入されるということですか?」
女子生徒の一人が手を上げて、願望混じりの質問をする。それは既に説明された事だったのだが、八百坂は根気よく繰り返した。
「転校ではありません。制服を見てわかる通り、一条君は第三高校に在籍したままです。ただ東京在住の期間は金沢の第三高校に通学できません。魔法大学と魔法科高校のネットワークを利用して、第三高校のカリキュラムを履修する為、このクラスの端末を使ってもらう事になりました。実習や実験についても、単位の取得にはつながりませんが、皆さんと一緒に学んでもらいます。一条君にとっても皆さんにとっても、きっといい刺激になる事でしょう。仲良く、切磋琢磨してくれることを望みます。では一条君」
「第三高校の一条将輝です。この度は第一高校の皆様のご厚情により、一緒に学ばせていただくことになりました。一ヶ月の短い期間ですが、よろしくお願いします」
将輝が頭を下げたのと同時に、温かな拍手が起こる。二年A組は一年前にもリーナを留学生として迎えた経験があるので、こういう突発時には一高の中で最も慣れているクラスだった。百山校長もそれを考慮して、将輝をA組に入れたのである。決して、四葉家に対する一条家の申し入れに配慮した結果ではない。
「ねぇ深雪、一条さんって確か……」
「それは関係ないと思うけど……」
後ろの席に座る深雪に、雫が問いかける。深雪もその事が関係してるのではないかと疑心暗鬼になりながらも、表面上は笑顔で手を叩いていた。
「その気がないなら、この一ヶ月の間にはっきりと伝えた方が良いよ?」
「断ってほしいって、家の人には言ったんだけどね……」
ため息を我慢しながら答える深雪に、雫は同情の視線を向け、将輝には疑いの目を向けたのだった。
一条の圧力があったとは思うんですよね……