劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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吉見さんはどうしようかな……


潜入開始

 土浦基地から座間基地の近くへ、途中色々と雑用を済ませて、達也が目的地へたどり着いたのは午後八時のことだった。

 今日ここに来ることは克人にも真由美にも話していない。無論、将輝にも。今日はミーティングも欠席し、同行者は四葉家の身内で固めている。その作戦メンバーは既に揃っているようだ。

 達也は公園の駐車場に単車を駐めて、同じ駐車場内のボックスワゴンに歩み寄った。

 

「文弥、亜夜子、平日だというのによく来てくれた」

 

 

 ワゴンの脇で自分と同じように気配を消している再従兄弟たちへ、達也は小声でも届く距離まで近寄って話しかけた。

 

「達也兄さん!」

 

 

 達也と同じように声を抑えながら、文弥は驚愕を隠し切れない声で応じた。

 

「全く気が付きませんでした。隠形の技にますます磨きがかかっていますね」

 

「こんばんは、達也さん。今は状況的に仕方がありませんけど、心臓に悪いのでもう少し何とかなりませんか」

 

 

 手放しで賞賛する文弥と、憎まれ口を叩く亜夜子。達也との婚約が現実味を帯びてきたおかげか、達也と亜夜子の距離は慶春会以前より縮まったように文弥は感じている。

 

「吉見さんなんか、ショックで気絶しそうですよ」

 

 

 亜夜子の隣で、吉見が例の正体不明スタイルで何度も首を横に振っている。

 

「吉見さん、無理に我慢しなくても良いんですよ。達也さんは常識人のくせに非常識の塊ですから、こういうことは口で言ってあげないとご本人の為にならないんです」

 

 

 とんだ毒舌だが、これは達也に対して遠慮していないというより、吉見に気を許しているという側面が強い。

 

「大丈夫。私はこの程度で動揺しない」

 

「えっ……? 随分驚いていましたけど」

 

「そんなことはない。私は大人だから」

 

 

 吉見も亜夜子に対しては口数が多くなる。従姉妹同士だから警戒心も緩くなるんだろう。亜夜子・文弥の姉弟から見て、達也は父方の再従兄だ。一方吉見は、亜夜子たちの母親の兄の娘になる。つまり母方の従姉だった。

 吉見のフルネームは東雲吉見。現在二十一歳だが学校には通っていない。

 

「達也兄さん、中で着替えられますか?」

 

 

 文弥がじゃれあっている姉と従姉を放置して達也にそう尋ねた。ボックスワゴンには近接戦闘用の装備が用意されている。ちなみに文弥の格好は何時もの、作戦用の仮装だ。以前よりもメイクが濃く、色っぽくなっているのは、ついに開き直ったのだろう。

 

「そうしよう」

 

 

 達也は文弥の美少女ぶりには言及せず、ワゴンの中に乗り込んだ。

 四葉家が用意した戦闘用スーツは、達也が元々着てきた服とよく似ていた。見た目の違いはブルゾンの内側が繋ぎになっていることくらいだが、性能面は独立魔装大隊のムーバル・スーツに近い。

 今日の達也は拳銃形態のシルバーホーンではなく、思考操作型とセットで運用する腕輪形態のシルバートーラスを着けてきている。ブルゾンの内側に隠しているのはCADではなく拳銃やナイフだ。警察に見つかれば、職務質問程度では済まない。これも、わざわざここで着替えなければならない理由だった。

 達也はガスマスクを兼ねたヘルメットのフェイスガードをはね上げ、彼の勇姿に見とれている文弥と、飾りボタンだらけのミニドレスを着た亜夜子に声を掛けた。

 

「そろそろ行くぞ」

 

 

 最初から達也を見つめていた文弥は、すぐに頷いた。いつの間にか「どちらが任務に相応しくない恰好か」で吉見と口論していた亜夜子も、達也へ顔を向け小さくお辞儀した。

 達也が歩き出し、その背後に続くのは文弥と亜夜子。そして数人の黒服。吉見はいつの間にか増えていた人影に囲まれて、三人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜子が双眼鏡のような物から目を離し、心配そうな声で達也に告げる。

 

「やはり、警戒はかなり厳重ですね」

 

 

 達也、亜夜子、文弥の三人は今、亜夜子が作りだした不可視フィールドの中から目的の建物を観察している。

 

「建物に忍び込むのは難しくありませんが、これだけの警備をしているのですから、何の備えもしていないとは思えません」

 

「待ち伏せされている、と亜夜子は考えてるんだな」

 

「はい」

 

 

 達也は自分の眼で警備状況を確認した。軍から請け負っている業務の性質上、思想調査は万全が期されてるはずだ。病院のオーナーは、多分心を改造されている。既に殺されている可能性もある。達也でなくてもたどり着く推理であり、彼もそう考えていた。

 精霊の眼で確認していると、見覚えのある歪な構造情報が二体おり、ジェネレータで間違いない。そして奇妙な構造情報の持ち主が一人、年齢データが決定的におかしかったのだ。肉体年齢が実年齢より若いと表現される場合の人間でも、年齢データは一つ。ところが達也が今視ている情報体は、肉体の老化を示すデータが二つ存在しているのだ。

 

「(俺は、これと似た情報体を視た覚えがある……何時、何処で視た?)」

 

 

 大量のデータの中から、達也はその記憶を掘り当てた。

 

「(そうか、これは周公瑾の……)」

 

 

 鬼門遁甲で偽装された位置情報の見極めに集中していた所為で、あの時は構造情報の異常に気付けなかった。だが達也の忘れることが無い記憶には、違和感がしっかり残っている。

 

「見つけた。恐らく、顧傑本人だ」

 

「すぐに踏み込みましょう」

 

 

 達也が囁き声で告げると、文弥も囁き声で返した。

 

「達也さん」

 

 

 亜夜子の声に頷き、達也は手に持っていた発信機のボタンを押した。病院の門を照らしていた明かりが消える。黒服たちに、この建物に通じている電線をカットさせたのだ。

 三人が亜夜子の魔法「疑似瞬間移動」で病院の屋上に跳んだ。

 

「予定通りいくぞ」

 

 

 計画では、亜夜子がここで退路の確保、文弥は亜夜子のガード。達也が独りで顧傑の確保に向かう。文弥も亜夜子もこのプランには散々抵抗したが、二人とも既に作戦が動き出した段階でごねるような愚かな真似はしない。

 

「「お気をつけて」」

 

 

 美少女姉妹にしか見えない双子の姉弟は、声を揃えて達也を送り出した。




ヤミちゃんは開き直ったのか……

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