劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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とっ捕まえれば、USNA軍を国際的に追い込めると思うのだが……


キャスト・ジャマー

 突如、屋上に落下した兵士に対する文弥の反応は、文句なく迅速だった。精神に直接痛みを認識させる魔法「ダイレクト・ペイン」でハイパワーライフルを支える両手の力を奪った。だがしかし、彼らの背後から飛来したグレネードに対する反応は、十分とは言えなかった。

 亜夜子が咄嗟に対物障壁を張り、爆発により飛散する破片に対応したのだが、撃ち込まれたグレネードは、殺傷用の弾頭ではなく発煙弾だった。

 急速に広がる煙幕が、ただでさえ暗く見通しが悪い視界を更に悪化させる。文弥の「ダイレクト・ペイン」は精神を標的とする魔法で、相手が見えなくてもあまり影響はないように思われる。しかし実態はその逆で、精神そのものはこの世界に存在しないので、精神を探しても何処にあるかは分からない。故に魔法の照準には、この世界から精神へ繋がる目印が必要とされるのだ。

 煙幕の中から、ガラスを引っ掻いたような無音のノイズが文弥たちに浴びせられた。

 

「キャスト・ジャミング?」

 

「いいえ、違うわ。でも、これは……?」

 

 

 文弥の疑念を亜夜子が否定する。だが彼女に、キャスト・ジャミングではないから安心した様子はない。緊張した面持ちでノイズの正体を探っている。

 一方、文弥は想子のノイズが魔法を阻害するものでなければ、その正体を突き止めるのは後回しでも良いと判断した。とにかく今は、正体不明の敵を撃退するのが先決だと。

 文弥が左手のCADを操作して煙幕を吹き払う気流を造りだす起動式を呼び出そうとしたが、CADはまともに作動しなかった。出力された起動式はノイズまみれで使い物にならなかった。

 彼が今操作した携帯端末の汎用型CADは、ナックルダスター形態の特化型CADと同じくらい使い慣れた物で、文弥のレベルで操作を誤る事は無い。

 

「ヤミちゃん、CADに注入する想子の量を増やして!」

 

 

 亜夜子に言われた通り、文弥はもう一度CADを操作した。何時もの倍くらいの想子を注ぎ込んで。そのお陰で漸く煙幕が晴れた。

 

「何、あの懐中電灯のような物……」

 

「あれがノイズの正体でしょうね……達也さんなら分かるかもしれないけど、残念ながら私には分からないわ」

 

 

 USNAが世界に先駆けて開発したCAD妨害装置「キャスト・ジャマー」なのだが、二人はその存在を知らなかったが、CADの動作を妨害するという点は見事に推測を的中させていた。

 

「姉さんは一旦この場を離れて。連絡するから後で迎えに来て!」

 

「――分かったわ!」

 

 

 文弥の指示に、亜夜子は一瞬反論しかけたが、すぐに思い直して文弥の言葉に頷いた。自分が直接戦闘に向いていない事を亜夜子はきちんと自覚している。だが、この判断は遅かった。

 文弥が敵を前にしていきなり振り返る。彼は飛び上がり、長いスカートを翻して蹴りを放った。背後の空中から亜夜子を襲おうとしていた兵士が蹴り飛ばされる。しかし文弥も全くの無傷とはいかず、厚手のタイツが切り裂かれ、足から血が滴っている。蹴りを受けた兵士が、ナイフで斬ったのだった。

 

「ヤミちゃん、怪我を!?」

 

「大丈夫!」

 

 

 文弥は片足で着地し、心配無用と亜夜子に応える。だが着地に怪我をした足を使わなかった事を見ても、ダメージは軽くない。更に空中から降りて来る新手の対処に手を取られ、傷を塞ぐ余裕もない。

 亜夜子もこの場を離脱するどころではなくなっており、ハイパワーライフルの銃撃から文弥を守る為、シールドを張り続けなければならなかった。キャスト・ジャマーの妨害が無ければ、銃撃の間を縫って疑似瞬間移動で逃れるのは簡単だ。

 それは文弥も同じで、何時もならばこの程度の人数は一度に沈黙させられるのに、今はダイレクト・ペインで一人ずつ倒していくのが精一杯だ。二人とも、敵が次々と現れる不自然さを訝しむ余裕もない。

 特に文弥は、魔法師でもない強化兵に追い込まれて焦っていた。亜夜子が脱出出来ないのは、ハイパワーライフルの銃弾から自分を守らなければならないからだから、まずライフルを何とかしなければいけないと短絡し、無謀なギャンブルに出ようとしたその時、状況に変化が訪れた。

 二発の銃声がし、CADの動作を妨げていたノイズが突如消える。

 

「達也さん!」

 

 

 亜夜子が思わず名前を呼んでしまった。屋上の入口にヘルメットで顔を隠した達也が立っている。彼はキャスト・ジャマーを操作していた兵士に拳銃を向けていた。

 キャスト・ジャマーを破壊された敵は、達也に向けてハイパワーライフルを向けたが、達也はライフルを分解しなかった。発射される高威力の銃弾。その軌道を銃身の向きで読み取り、手を翳す。一年の時の論文コンペ会場でも見せた手品だが、効果は大きかった。

 銃弾を手で掴み取られたと錯覚し、兵士が立ちすくむ。その一瞬を見逃さず、達也は分解魔法でボディアーマーごと腹に穴を開け、屋上の逆サイドでは、文弥がダイレクト・ペインで敵兵を纏めてなぎ倒していた。

 

「二人とも、怪我は……」

 

 

 そう言いかけて、達也はバイザーの奥で顔を顰めた。怪我をした文弥の足に左手を向けると、ナイフでつけられた傷は一瞬で消えた。

 達也はそれ以上の傷がない事を確認すると、自分が倒した五人のボディアーマーに空いた穴に銃弾を一発ずつ撃ち込んでいく。

 

「あの、いったい何を……」

 

「銃で倒したことにしておきたい。見る者が見れば分かってしまうんだが……」

 

 

 達也は苦笑い気味にそう言って、今度は文弥が倒した敵兵にナイフを突き立てていく。

 

「殺してはいない。回収されるのが早ければ助かるだろう」

 

「……彼らはおいていくんですか?」

 

「こいつらは米軍の兵士だ。連れ去るのはマズいし、手がかりにもならないだろう」

 

「分かりました」

 

 

 そう答えたものの、文弥は全面的に納得はしていなかったが、USNA軍と正面切って事を構えるのが愚かしい選択だと言う事は理解出来ていた。

 

「では、病院の中で倒した敵を回収していきましょう」

 

「三階の廊下にジェネレーターの死体が二つ転がっている。案内しよう」

 

 

 文弥の提案に頷き、達也は二人を連れて建物の中に戻った。




他国で暴れたんだから、それくらいの罰を与えても……

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