淡い期待を抱きながら午前中を過ごした将輝だったが、深雪は一切将輝に興味を示さないまま授業に臨んでいた。そして将輝は深雪以外からチョコを貰い続け、何故か袋を持っていた男子生徒からチョコを入れるための袋を貰ったのだった。
まだ時間はあると意気込んだところに、今日もほのかから誘われて一緒に食堂へと向かう。食堂へ向かう途中でも、将輝は一年生からチョコを受け取ったのだった。
「お、首尾よく連行してきたわね」
「連行って、別にエリカの為に連れてきたわけじゃないんだけど?」
「分かってるって。ほのかや雫もだんだん達也くんに影響されてきてるんじゃない?」
「達也さんの所為、ってわけじゃないけどね」
エリカとほのかが何の話をしているのかが分からず、将輝は首を傾げた。だが彼の疑問に答えてくれる相手はこの中にはおらず、とりあえず料理を取りに行き、席に戻ってきたところでエリカから質問されたのだった。
「それで、三高のプリンスはどれくらいチョコを貰ったのかしら?」
「っ!? な、何だいきなり」
「そんなに慌てる事ないんじゃない? 既に一個は確定してるみたいだし、どれくらい貰ったのかな~って気になるのは当然じゃない?」
食堂に移動している間に、一年生から貰ったチョコに視線を向けながら、エリカがにやにやしながら将輝に問いかける。
「確か、七個だっけ?」
「これも入れて八個じゃない?」
「何だ、まだ二ケタ行ってないのか」
「エリカ、何でそんなことを気にしてるの?」
深雪の質問に、エリカは悪い笑みを浮かべながら答える。
「実は賭けてるのよねえ。あたしは二ケタ行くと睨んでるんだけど、まだ午前中だしこれからでしょ」
「誰と賭けてるんだ?」
今まで静観していた達也が口を挿む。元風紀委員で現生徒会書記長である達也に目をつけられたと、エリカは慌てて見せた。
「べ、別に金品は賭けてないからね?」
「別に俺に言い訳する必要は無いぞ」
「だってほら、達也くんの経歴を考えれば、賭け事に反対なんじゃないかってさ……」
「別に日常のちょっとした楽しみまで取り締まるつもりは無いし、俺よりも幹比古の方を気にしたらどうだ? 現風紀委員長なわけだし」
達也が幹比古に視線を向けると、幹比古も笑いながらエリカの賭け事を見逃すという雰囲気を醸し出している。よく見ると、何時もより浮かれている感じがしないでもないが、深入りするのは避けるべきだろうと達也は判断したのだった。
「だ、だいたい! 俺の個数を聞く前に、お前はどうなんだ!?」
「俺か? 別にもらってないし、貰っていたとしても、焦るようなことじゃないだろ」
「なっ……」
達也を焦らせようと何とか切り返した将輝だったが、一切動じた様子もない答えに逆に将輝の焦りが募る。達也はチョコを貰う事をやましい事とは思っておらず、むしろやましいと思っている将輝がおかしいのではないかと切り返してきたのだ。
「じゃ、じゃあ西城は幾つ貰ったんだよ?」
「俺か? 俺はゼロだぜ」
「アンタにチョコをあげる物好きがいるとは思えないけどね」
「なんだと!」
エリカの茶々にいつも通りレオが反応し、軽い言い争いになる。既に見慣れた光景なので、将輝以外は特に慌てた様子も無くゆっくりと二人から視線を逸らした。だが将輝にとってはその程度で済ませられない事態だったのだ。
「お、おい……放っておいていいのか、あれ?」
「何時もの事だ。さて、俺やレオは答えたんだ。もちろんお前も答えるよな?」
「さ、さっき北山さんが言った通りだ……これを入れて八個だよ」
ちらりと深雪の顔を窺い見る将輝だが、深雪は一切気にした様子も見せない。元々眼中にない相手の事に興味は示さない深雪なのだが、将輝は深雪の本性を知らないので、呆れられているのではないかという、まったくもって的外れな心配をしていたのだった。
「でも、達也さんがまだ貰ってないのは意外ですね。てっきりクラスメイトがもう、渡しちゃったのかと思ってましたよ」
「ほのか」
「あっ、いえ……何でもないです」
何か企みがあるのだろうと、今のほのかと雫の短いやり取りで察した達也は、あえて切り込むことなく話題を変える事にした。
「レオは何かあてがあるようだが?」
「おう。部活の後輩から義理チョコがもらえるだろうしな。まぁ、女子は桜井だけだから、エリカが言ってたように一つを投げ入れて争奪戦になりそうだが」
「いや? 水波はちゃんと人数分用意していたぞ?」
大量に入っている袋詰めのチョコだが、と達也が付け加えたが、レオはそれでも構わないという表情をした。
「例え小さいチョコでも、もらえれば十分だぜ」
「完全に義理チョコだと分かっても、嬉しいものなのね。男って悲しい生き物ね」
「五月蠅いな! オメェには分からねぇだろうな」
「分かりたくもないわよ」
エリカとレオが第二幕を開始しようとしたタイミングで、今まで黙っていた美月がレオと達也に小さな包みを差し出した。
「達也さん、レオ君、これチョコです」
「ありがとう、美月」
「おっ、サンキュー」
明らかに義理だと分かるサイズのチョコだが、達也もレオも気にした様子も無く受け取る。その光景を見て焦る少年が二人。
一人はもちろん将輝で、明らかに本命がいる前で堂々と義理チョコを渡した美月にも、それを平然と受け取る達也たちにも、将輝はどちらからも衝撃を受けていた。
そしてもう一人。彼女の本命と思われる相手、幹比古だ。義理チョコだと明らかに分かるサイズではあるが、自分が貰う前に――貰えるかどうかは分からないが――他の相手にチョコを渡したので、彼の心中は穏やかではなかった。
「それで、あの……これ、吉田くんに」
「っ! あ、ありがとう」
達也やレオに渡したのとは、明らかに違うチョコを差し出した美月。幹比古はそれだけでざわついていた心が落ち着いたのだった。
「人前で本命チョコを渡すとは……美月もやるわね~」
「え、エリカちゃん!」
エリカのからかいに、美月と幹比古は顔を真っ赤にしたのだった。
幹比古×美月は鉄板ですね