大量のチョコを自宅に置き、着替えてから達也はミーティングに向かった。特に真新しい情報は持っていないが、参加しないわけにもいかないので、達也は魔法大学側の待ち合わせ場所へと向かう。
魔法大学の最寄り駅へ到着した達也は、駅の前で見知った相手を見つけ、素通りも悪いと思い声を掛けたのだった。
「市原先輩」
「司波君。お久しぶりです」
「そうですかね? この間の雪の日以来ですので、あまり間隔は空いてないと思いますが」
「それはそうですが、昨年まではほぼ毎日顔を合わせていましたので、それと比べれば久しぶりという表現でも間違いではないと思いますよ」
「そうですね」
鈴音が何を言いたいのか、達也は実のところあまり理解していない。だが鈴音も婚約者候補の一人であり、今日という日がどういう意味を持っているのか、達也は先ほど痛いほど理解したのだ。
「これ、一応手作りです」
「ありがたく頂戴いたします」
「司波君の事ですから、既に大量にチョコを貰っているとは思いますが、渡さないと婚約者候補ではなく、研究パートナーに格下げされるかもと思うと、用意した方が良いと思いました」
「そこまで気にすることは無いんですがね」
そもそも達也は、研究パートナーが欲しいとは思ったことが無い。開発については既に心強い味方がいるし、資金面でも既に十分すぎるくらいの額を稼いでいる。だから鈴音の不安は杞憂でしかないのだが、まだ彼女たちには秘密にしてる部分なので、達也はその事は口にしなかった。
「では、私はこれで」
「わざわざこのためだけに待っていたんですか?」
「ええ。真由美さんが、今日は司波君もこちらに来ると言っていましたので」
「そうですか。お送り出来なくて申し訳ありませんが、お気をつけてお帰り下さい」
「大丈夫ですよ。司波君は私の特殊能力、知ってますよね」
数字落ちになった原因でもある『一花家』の魔法の事を言っているのだろうと理解した達也は、少し苦笑い気味に笑みを浮かべ、鈴音を見送った。
「みーちゃったみーちゃったー!」
「……子供ですか、七草先輩」
「相変わらずモテモテね、達也くん」
存在を調べる事が出来る達也にとって、真由美の待ち伏せなど驚くに値しないのだが、彼女の存在にではなく、その子供っぽさに驚きを感じたのだった。
「リンちゃんもあんな乙女な顔をするのねー。意外な一面だったわ」
「そんなこと言って、お前だって達也くんの前では得意の猫かぶりも出来ないくせに」
「お久しぶりです、渡辺先輩」
真由美と一緒に隠れていた摩利に、達也が軽い会釈と共に挨拶をする。摩利も片手をあげてそれに答え、真由美の頭を軽く押さえた。
「市原が君にチョコを渡すから、その様子を見に行こうなどと誘われてな」
「摩利だってノリノリでついてきたじゃない」
「あたしは、お前が暴走しない為のストッパーのようなものだからな」
「何それ!?」
「ところで達也くん、君はエリカからチョコを貰ったのかい?」
摩利が聞きにくそうに尋ねてきたが、達也は彼女の心中を察する義理は無いと正直に答えた。
「貰いましたよ。ですから、渡辺先輩が千葉修次さんにチョコを渡しても、去年程険悪にはならないと思いますがね」
「そ、そうか! いやー、それは良かったな」
達也がチョコを貰ったことを良かったと言っているのか、自分が恋人にチョコを渡してもその妹から睨まれなくて済むのが良かったのか、摩利はどっちの意味で「良かった」という言葉を使ったのか、達也にはどうでも良い事だった。
「摩利ったら、エリカちゃんが怖くて修次さんにチョコを渡せないとか嘆いてたのよ? 散々人の事を煽っておきながらこの体たらく、達也くん、どうおもう?」
「一月末くらいに相談されていましたから、どう思うも何もありませんよ。渡辺先輩がエリカの事を気にし過ぎなのだと思いますよ。エリカだってもう子供ではないんですから、兄が盗られたなどとは思ってないんじゃないですかね」
「達也くんは、エリカの怖さを知らないからそんなことが言えるんだ! アイツは怒ると手が付けられないんだからな!」
「普段男以上に男らしいと言われている渡辺先輩が、年下の少女におびえてるなどと知られれば、先輩のファンはどう思うでしょうかね」
人の悪い笑みを浮かべ摩利を挑発する達也。もちろんこれは悪戯しようとか考えているのではなく、下手に励ますよりこっちの方が摩利は前に進むだろうという計算の許だ。
案の定摩利は、達也の思惑にハマり、勇んで千葉家へと向かっていくのだった。
「さすが達也くんね。あれほどうじうじ悩んでた摩利を、一言で奮い立たせるなんて」
「別に先輩のファンがどう思おうが、先輩には関係ないとは思うんですがね。まぁ、先輩もなんだかんだ言って分かりやすい人ですから、挑発気味に奮い立たせれば、簡単に解決すると思っただけです」
「……やっぱり性格悪いわね、達也くん」
「失礼ですね。性格については言われたことはありませんよ。人が悪いとは言われますが」
「そっちの方が酷いわよね!?」
入学早々エリカとしたやり取りと同じようなやり取りをしながら、達也は真由美と共に克人が待つレストランへと足を進めた。
「そう言えば、一条君も一高にいるんだよね? さぞかし人気なんじゃないの?」
「さぁ? 校門で三年生に捕まってましたが、それがイコールで人気なのかは俺には分かりませんね」
「そっか。でもまぁ、それ以上に達也くんの方が人気なんだけどね」
「何故先輩が誇らしげなんですか?」
「達也くん、その『先輩』って呼び方、もうやめにしない? 私はもう一高の生徒じゃないんだから」
「一高の生徒でなくとも、先輩は先輩だと思いますが……」
京都で似たようなやり取りをしたなと、達也はそんなことを思い出しながら、真由美の「名前で呼んでオーラ」を跳ね返し続けたのだった。
真由美の一人勝ちにはさせませんよ