真夜が達也に甘えてる間に、ミアは夕食の用意を終えてリビングに入るタイミングを計っていた。雇い主である、USNA軍でも恐れられていた極東の魔女が、一人の女として接している姿を見てしまい、非常に気まずい気分になっているのだ。
「ミアさん、構わないので入って来てくださいな」
「は、はい!?」
達也にならともかく、真夜に気配を察知されていたとは思っていなかったミアは、背筋を伸ばして返事をした。気まずいままでリビングに入るミアだったが、真夜は一切気にした様子も無かった。
「ごめんなさいね、ミアさん。私だってたっくんに甘えたりしたいのよ」
「そ、そうなのですか……母子のふれあいが出来なかったとお聞きしていますので……」
「ミアさん。これが叔母様の本性なのですよ。普段は我慢しておられる分、こうしてお兄様と触れ合える時には思いっきり甘え、私や水波ちゃんの付け入る隙すら見せないのが、世界中から恐れられている四葉真夜の本当の姿なの」
「あら深雪さん。普段の私だって本当の姿なのですよ?」
普段の威厳たっぷりの表情からは考えられないくらい緩んだ表情で深雪に抗議する真夜。その姿は主人の膝の上で丸くなる猫を思わせるくらいの緩みっぷりだった。
「ところでミアさん。何か用があって部屋の前で待っていたのではなくて?」
「あっ、はい! 夕食の用意が整いましたので」
「あら、もうそんな時間だったのね。ねぇたっくん。今日は泊まってもいいかな?」
「ですが叔母様。青木さんや他の使用人たちが騒ぎ出すのではないでしょうか? 四葉家の当主はそう簡単に外出出来る身分ではありませんし、ましてや外泊となると……」
「大丈夫よ。名目上は顧傑の捜索具合の確認って事になってるから、その都合で外泊する事になっても、万事葉山さんが何とかしてくれるわ」
真夜の懐刀である葉山の名前を出されては、深雪もこれ以上真夜の宿泊を断る口実を見つけられず、しょんぼりとしながら真夜の宿泊を許可したのだった。
「ところで、深雪さんは何時たっくんにチョコを渡すのかしら?」
「っ! そうでした。お兄様――達也さん、夕食後にデザートがございますので、気持ち食べる量を少なくしてもらえるとありがたいのですが」
「ああ、分かった」
「では皆様、ダイニングに移動しましょう」
ミアの言葉に頷き、深雪と水波はダイニングへと移動する。達也はというと、真夜が起き上がろうとしない為移動できずにいた。
「母上。そろそろよろしいでしょうか?」
「んー、もうちょっと」
「また後でしますので、今は食事にしましょう」
「ほんと? 約束だからね」
まるで少女のような笑みを浮かべ、真夜は達也の膝の上から降り、ダイニングへと移動する。その後姿を見ながら、達也はやれやれと呟きながら自分も移動するのだった。
夕食を済ませ、達也は食後のコーヒーと共に深雪の作ったチョコレートケーキを食べる事にした。達也の膝の上に飛び乗ろうとした真夜だったが、さすがに食後すぐ丸くなるのは行儀が悪いと思い直したのか、達也同様食後の紅茶を楽しんでいた。
「随分と気合の入ったケーキですね、深雪さん」
「今年は妹としてではなく、婚約者候補として――一人の女として作りましたので」
「あらそうなの? てっきり毎年、一人の女として作ってるのだとばかり思ってたわ」
「そんなことありませんわ、叔母様。だって去年までは私と達也さんの関係は兄妹でしたから。妹が兄に本命チョコを渡すなんておかしいではありませんか」
「そう言うことにしておいてあげましょう。さて、一応名目上は達也さんの捜査状況を確認しに来てる事ですし、こんな時になんですが、状況はどのようになってるのかしら?」
「二日前に逃げられてから、その後の足取りは掴めておりません。俺の「眼」を使えば探る事も出来るかもしれませんが、俺の能力の大半は深雪に残してあります。水波が信用出来ないというわけではありませんが、いざという時の為にも、全力の精霊の眼は使えません」
「深雪さんが側にいれば使えるのではなくて? まぁ、今は貢さんたちが全力で捜索しているから、その状況次第では使うことも考えてちょうだい」
水波に紅茶のお替りを要求しながら、真夜はゆったりと提案した。
「黒羽の捜索網を潜り抜ける相手なのであれば、それもありでしょうが、貢さんなら大丈夫だと思いますよ」
真夜の提案を軽く断りながら、深雪の作ったチョコレートケーキを口に運ぶ。
「うん、おいしい」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「甘すぎず、それでいて上品な甘さだ。さすが深雪だな」
「達也さんは大量にチョコを貰うと思っていましたので、どうにかして印象深く出来ないかと頑張った甲斐がありました」
試行錯誤の上、完成させたチョコレートケーキを絶賛され、深雪は天にも昇る気分で達也の隣に腰掛ける。
「お前も食べてみるかい?」
フォークで一口大にカットしたケーキを、達也はゆっくりと隣に座った深雪の口元へ運ぶ。褒めてもらっただけで十分だと思っていた深雪だったが、まさか「あーん」をしてもらえるとは思っていなかったので、一瞬何をされているか理解出来なかった。だが、すぐに達也の意図を理解して、ゆっくりと顔を近づける。
「どうだ?」
「幸せな味です」
正直、今の深雪の味覚は正常に働いていなかった。だが口いっぱいに広がる甘さに、深雪は幸せを感じていた。味覚としての甘さではなく、達也との行動に甘さを感じていたのだった。
「あらあら、これじゃあ他の候補者が嫉妬するのも無理ないわね」
「真夜様としては、深雪様が幸せならそれでよろしいのでは?」
「そうねぇ……もうちょっとこっちにも構ってもらいたいけどね」
こんな空気になるなら、行儀が悪いとか気にせず達也の膝の上で丸くなっておけば良かったと後悔した真夜だったが、深雪が幸せそうなので、とりあえずは善としたのだった。
真夜の破壊力に負けないくらいの甘さ……