デモ騒ぎの事は、生徒会でも話題になっていた。深雪とほのか、水波は食堂でも話していたが、どうやら泉美もあの映像を見ていたようで、かなり憤慨していた。
「あんな間違った暴論をテレビで吐くような弁護士は、許されるのならこの手で消し去りたいです!」
「まぁまぁ泉美ちゃん、落ちつきなよ」
雫に連れられて風紀委員会本部から遊びに来ていた香澄が、双子の妹を宥めるべく声を掛ける。
「香澄ちゃんは腹立たしくないのですか!? あんな魔法師を目の敵にしてるのがバレバレの弁護士のコメントで、今まで反魔法師運動に参加してなかった人まで運動に参加するかもしれなくなるというのに!」
「全員がそこまで子供だとは思えないけど……それに、泉美ちゃんが何かしなくても、必要ならお父さんがすると思うよ」
「それは……そうかもしれませんね。ですが、お父様がやると決めたのなら、ぜひ私にやらせてもらいたいですわ」
それくらい腹が立っているのだろうと、香澄はこれ以上泉美を宥めるのは不可能だと理解し、別の話題を切り出そうと考えたのだったが、会話は勝手に進んでいってしまった。
「桜井さんはどう思っていますか? 同じ十師族の関係者としての意見を聞きたいのですが」
「私は関係者ではなく仕えている人間ですので、少し違うかもしれません。それでもよろしいでしょうか?」
「構いませんわ。同級生の意見を聞いてみたかったという理由もありますので」
午後の授業の間、泉美は同級生たちはどのような意見を持っているのか、聞きたくて仕方なかった。だがあまり話題にしたくない内容だったので、自らその話題を振るのは憚られていたのだろう。漸く意見が聞けそうな相手を見つけ、泉美は少し前のめり気味だった。
「私があの映像を見た時、側に千葉先輩がいらっしゃいましたので、あの弁護士の言い分は間違っているとはっきりと思えました。警察の方々が逮捕に踏み切ったのには、正当な理由がありましたし、あのような暴動を起こせば、少なからず逮捕者は出るものだと思ってない方がおかしいのではないかとも思いました」
「ですよね! あのような暴動を起こしておいて『逮捕するのはやり過ぎ』だなんていうなんて、あの弁護士のおつむが弱いんですわよね?」
「弁護士になれるくらいですから、おつむが弱い訳ではないと思いますが……魔法師を同じ人間だと思っていない節は見られましたね。表現の自由、思想の自由と言えば聞こえがいいですが、要するに魔法師は排斥するべきだとテレビで暗に言っている事に気付かない辺り、勉強の出来るバカだったのではないかと思います」
水波の意見を聞いて、泉美はますますヒートアップする。水波の意見は、泉美がまさしく思っていたことだったので、我が意を得たりと言わんばかりに身体を水波に近づけたのだ。
「桜井さんもそう思いましたわよね! 今は世間が落ち着いていないからあのような意見が支持されるかもしれませんが、騒動が静まり、それに伴って反魔法師運動も静まった時に、あの弁護士を信用する人間がどれほどいるのか、その事をまったく考えないで発言する辺り、あの弁護士はバカだったのではないかと思っていたのです! ですが、そんなことを思ってるクラスメイトはいない感じでしたし、この考えを共有出来る人はいないかと思っていたのですが、さすがは深雪先輩の関係者、ちゃんと先のことまで考えての意見を持てているのは素晴らしい事ですよ」
熱のこもった眼差しで密着され、しきりに褒められるのに辟易してきた水波は、視線で深雪に助けを求めた。普段は守る側の水波だが、これくらいの助けを要求するくらいは許される事である。
「泉美ちゃん、同じ意見を持つ人を見つけられて嬉しいのは分かりましたが、ちゃんと仕事はしてくださいね?」
「ですが深雪先輩」
まだ興奮冷めやらぬ様子の泉美が、深雪の前で言ってはいけない事を口にしてしまう。
「司波先輩だって、生徒会の仕事もせずにテロリストの捜索をしてますよね? いくら家の事情とはいえ、少しくらいこっちも手伝ってくれてもいいのではないでしょうか?」
「あーあ、ボク知らない」
妹が地雷を踏んだことにいち早く気が付いた香澄は、逃げるように風紀委員会本部へ繋がる階段に向かい歩き始める。しかし背後から感じる殺気に、香澄は動けなくなってしまったのだった。
「泉美ちゃん? 達也さんは少しでも早くこの騒動を鎮静化するために奔走されているのですよ? それをまさかサボってるなどと思っているのかしら?」
「い、いえ……決してそのようには思っていません! ですが、司波先輩も生徒会役員なのですから、こちらの責務も果たしてもらいたいと……」
「普段から達也さんに頼りきっているのは私たちですよ? 達也さんが担当している仕事の量は、私たちの倍以上なのですから。それでも泉美ちゃんは、捜索で忙しい身でありながら、生徒会業務もこなすように達也さんに言えと仰るのかしら?」
あずさが生徒会長の時から、達也の仕事量に上限を設けており、それは深雪が生徒会長になっても継続されていた。何せ達也が優秀なおかげで、一人当たりの仕事量が大幅に減ってしまうのだ。これでは他のメンバーが育たないかもしれないと危惧したあずさが、達也に頼り過ぎないと決め、彼が処理する仕事量の上限を決め、それが終わり次第自由にしてよいとしたのだ。
その考えは正に、今のように達也が長期間生徒会に顔を出せない状況に陥った時の事を想定して行われていた為、仕事の量が多くて「出来ない」などという泣き言は、許されるはずもなかった。まして達也の悪口ともとれる発言に対し、深雪が寛容でいられるはずもない。
「め、滅相もございません! この七草泉美、司波先輩の分まで頑張らせていただきます!」
深雪の殺気に中てられた泉美は、飛び跳ねるように背筋を伸ばし、今まで以上のスピードで作業を進めていったのだった。
見事に踏み抜きましたね……