その日の放課後、達也が懸念していた事が実際に起こってしまった。ただし一高周辺ではなく東京から西へ四百キロ、西宮の第二高校で起こった。下校中の二高生が反魔法主義者に襲われたのだ。
「お兄様?」
「達也さん?」
下校途中で事件の事を聞いて一高に引き返した達也を、深雪とほのかは意外感に満ちた声で出迎える。
「二高の事件を聞いて戻ってきた。詳しい状況は?」
「下校中の女子生徒が数名の暴漢に襲われましたが、他の生徒が素早く駆けつけたお陰で無事だったようです。ただ暴漢を撃退する際、魔法の加減を誤ったようで犯人側はかなり酷い怪我をしているようです。ちょうど水波ちゃんが二高との音声会議の回線を繋いでいるところです」
「会長、回線がつながりました」
深雪が達也に説明し終えるのとほぼ同時に、水波から報告が上がった。ここでは深雪の事を主としてではなく生徒会長として扱うよう、達也に言われているので、水波は「会長」という呼称を使った。
「第一高校生徒会長、司波深雪です。第二高校さん、聞こえますか?」
『第二高校生徒会副会長、九島光宣です。音声はクリアに聞こえています』
スピーカーから返ってきた声は、昨秋に奈良、京都で行動を共にした九島光宣のものだった。
「光宣君、貴方が二高の副会長になっていたのね」
『はい、副副会長みたいなものですが。ところで深雪さん、テレビ回線に切り替えませんか?』
「ええ、こちらは構いません」
最初からテレビ会議にしなかったのは、それがマナーだからだ。いきなりカメラをつないで、画面の片隅に見られたくないものが映ってしまった時の気まずさは、お互いに言い知れない。一旦音声回線がつながっていれば、それを映像回線に切り替えるのはすぐである。一秒も経たない内に、生徒会室の大型スクリーンに光宣の顔を映し出した。
『あれ? 達也さん! お久しぶりです』
「奈良、京都では世話になったな」
『いえ、お手伝いが出来て光栄でした』
二高のスクリーンにも、一高生徒会室の映像が映ったのと同時に、光宣は画面の端に映った達也に声を掛けた。これだけの美少女が揃っているにもかかわらず、光宣は達也に興味を惹かれたのだ。
それもそのはずで、光宣は達也がテロリストの捜索に当たっていることを知っていて、今日もその捜索でいないのだろうと思っていたのだ。それが一高生徒会室にとどまっているのを知って、少し疑問に思ったのと、久しぶりに顔が見られて嬉しいという感情が爆発したのだった。
「……早速ですけど、九島副会長」
光宣が達也に懐いている事は知っていたが、少し引き気味なのを隠せない深雪が、余所行きの口調に改めて質問を投げ掛けた。
「御校の生徒が暴行されかかったという事件の経緯を教えていただけませんでしょうか」
『はい、司波会長』
光宣の方も、何時までも達也と再会出来た事を喜んでいられないと考えなおし、二高副会長としての話し方に切り替えた。
『今から約一時間前、当校から駅へ向かう途中の道で、当校の一年生女子が二十歳前後とみられる男性六人に突然、囲まれました』
その話を聞いていた一高生徒会役員プラス風紀委員長及び女子風紀委員一名は、一斉に眉を顰めた。
『男たちは女子生徒に向かって、大声で「人間主義」の教義を説き始めました。「奇跡は神のみ許された御業であり、神が定めた自然の摂理を神ならざるものが捻じ曲げるのは悪魔の所業である。人は、人に許された力のみで生きなければならない」というあれです』
こうして改めて人間主義の主張を聞くと、それが既存宗教を故意に曲解したカルト思想であると言う事が良くわかる。
『その生徒は気丈に「どいてください」と何度も叫びましたが、男たちは包囲を解きませんでした。女子生徒が携帯端末の防犯ブザーを作動させようとすると、男たちの一人が彼女に掴みかかって、端末を取り上げようともみ合いになったんです。そこへ騒ぎを聞きつけた他の生徒が駆けつけました。一年が三人、二年が一人です。二年生が人間主義者の壁を掻き分け一年がその後に突っ込む形で、生徒と人間主義者が入り乱れる乱闘になりました。身体は相手の方が大きかった上に拳法系の格闘技を身につけていたらしく、二年生が殴り倒されて気を失った時点で、一年女子が魔法を使い人間主義者の男たちを無力化したという経緯です』
「怪我の状況はどうなんですか?」
『二年生が鼻骨骨折、鼓膜破裂、肋骨亀裂骨折、他数ヵ所に内出血。内臓にもダメージを負っているようでかなりの重症です。一年男子は鎖骨骨折が一名、脳震盪が一名。こちらは後頭部を激しく打たれていますので精密検査を受けさせています。もう一人の男子と女子は目立った傷がありません』
「相手は?」
『使用した魔法は「スパーク」と「プレス」でして、スパークの影響で不整脈が出ているものが一名、一人が転んだ際に顔を強打して口の中を切ったのと、歯も一本折れ欠けているようです。不整脈の原因ですが、魔法の影響ではなく元々高血圧で不整脈が出やすい人だったと分かっていますので、とりあえずは安心しています』
「それなら、一年生が過剰防衛を問われる心配は無さそうですね」
『今、会長ともう一人の副会長が先生と一緒に警察へ行っています。その辺りは会長たちが帰ってこなければ確実な事は分かりませんが、恐らく問題ないでしょう』
「そうですか。では会長さんがお戻りになったら結果だけ教えていただけませんか。メールで結構ですので」
『分かりました。僕の方から、メールでお知らせします』
「お願いします、九島副会長」
『はい、確かに。では司波会長、いえ、深雪さん。失礼します』
「ええ。光宣君。ごきげんよう」
テレビ会議システムのスイッチを切り、深雪はため息を一つ吐いたのだった。
エリカじゃないけど、警察は何をしてるんだ……