劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ただの変態集団にしか思えないな……


暴徒

 まだ下校時間には大分余裕がある時間帯だが、深雪は一高最寄りの駅前に来ていた。

 

「深雪様、わざわざすみません」

 

「気にしなくても良いと何度も言っているでしょう? これも生徒会の仕事なのだから、水波ちゃんたちにばかり押し付けるつもりは無いわ」

 

「深雪先輩、本当に私たちだけで大丈夫でしたのに」

 

 

 深雪の隣を歩く水波が頻りに恐縮している。泉美も表面上は恐縮している態だが、本音は浮かれているのが隠しきれていなかった。

 深雪は水波と泉美をお供にして、卒業生に渡す引き出物の打ち合わせに来ていた。記念品は例年、自前の工場を持つ駅前の商店に発注している。深雪にとって商店との打ち合わせは去年に続き二度目であり、一人でも十分なくらいだったが、来年の為に二人を連れてきているのだ。

 

「ごめんください。第一高校生徒会の者です」

 

「はい、いらっしゃいませ」

 

 

 店の奥から対応に出てきたのは、店主ではなくその妻だった。店の側も、去年の経験から色々と学んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店を出た途端、泉美が小声で愚痴を溢した。

 

「随分と時間が掛かりましたね、深雪先輩」

 

 

 品の良い口調なので不満を述べているようには聞こえないが、なんとなくうんざりとした空気を漂わせている。

 

「そうね。でも今日一日で条件はほぼ決まったから良しとしましょう」

 

「そうですね。深雪先輩、素晴らしい交渉でした。さすがは深雪先輩です」

 

 

 だが深雪が笑顔で慰めると、泉美は一転してテンションを上げた。

 

「別にさすがという程の事ではないと思うけど……」

 

 

 深雪としては、自分の交渉術など達也の足下にも及ばないと思っているので、割と謙遜ではなく本音のつもりだったのだが、泉美はこれを謙遜と受け取ったようだ。

 

「いいえ。これほど早く話がまとまったのは、深雪先輩のお力あっての事です。ですが、そのような奥ゆかしいところも素敵です」

 

 

 ここまで深雪の事を褒めたたえるのがだいたいワンセットである。深雪ももう慣れたもので、そんな泉美のハイテンションを笑って聞き流していた。

 

「それより、早く学校に戻りましょう。まだギリギリという程ではないけれども、それほど余裕も無いから」

 

「そうですね」

 

「はい」

 

 

 深雪の言葉に泉美、水波の順に頷いて、三人は一高へ足を向けた。が、彼女たちは一分も歩かない内に足を止める事を余儀なくされた。

 通学路の一本横に入った脇道で、十数人から成る男性の人垣を見つけたのだ。固まってたむろしているだけならまだしも、彼らの足の隙間から一高の女子生徒が履くブーツが見えた。

 

「貴方たち、何をしているのですか!」

 

 

 女子生徒が絡まれているといち早く気づいた泉美が、甲高い声で詰問しながら男たちに歩み寄っていく。

 

「おい、あれ、七草家の」

 

「後ろにいるのは一高の生徒会長だぞ」

 

「泉美ちゃん、待って」

 

 

 男たちが小声で交わしていた話の内容が聞こえていた深雪が、先行する泉美のすぐ後ろに駆け寄り腕を掴んで歩みを止める。しかし深雪の制止は遅かった――いや、男たちの行動が素早かった。

 彼らはそれまで取り囲んで嫌がらせをしていた女子生徒を放置し、深雪たち三人の周りに人垣を作ったのだった。

 

「何ですか、貴方たちは!?」

 

「罪深き邪法の使い手、その首魁の娘よ! 悔い改めよ!」

 

 

 芝居がかった口調で叫んだ後、仲間の男たちがキレイに唱和する。

 

「何ですって!?」

 

「泉美ちゃん、待って」

 

 

 男たちに喰ってかかろうとする泉美を引き留め、深雪は聞き覚えのあるセリフを朗々と唱えていた男たちにまったく取り合わず、背後を振り返った。

 

「道を開けてくださらないかしら」

 

 

 深雪の視線に瞳を貫かれた男はたじろいだ表情を見せたが、深雪の言葉には応えなかった。

 

「人には、神より許された人としての――」

 

「どいてくださらなければ、不法な監禁と言う事になりますが、よろしいですね?」

 

 

 リーダーと見られる男が朗読するセリフと無関係に、向かい合う青年を脅しつける。深雪に監禁罪の現行犯を宣言された青年の隣に立っていた男が、深雪に怒鳴りつける。

 

「おい、黙れ!」

 

 

 深雪はその男の威嚇にも耳を貸さずに、隣に控える水波の声を掛けた。

 

「水波ちゃん」

 

「はい」

 

 

 深雪の声に、水波が小さく返事をする。既に魔法発動の準備を終えていた水波が、男たちに触れないギリギリの半径で「遮断」と「減速」の複合魔法障壁を展開した。

 彼らは水波が何をしたのか、その瞬間は分からなかった。深雪が携帯情報端末を取り出して、防犯ブザーを鳴らすまでは。

 深雪を怒鳴りつけた青年が、手を伸ばして端末を取り上げようとしたが、その手は水波の障壁に阻まれた。彼らは三人が手出し出来ない「壁」の向こう側にいる事に気が付いたのだった。

 

「魔法を勝手に使って良いと思っているのか!」

 

「監禁の現行犯に対して、自衛を行っているだけです。女性として、身の危険も感じますし」

 

 

 人垣から上がった声に、深雪は済ました声でそう答え、蔑む口調で付け加える。男たちのリーダーに対して、泉美が冷たい眼差しを向ける。

 それは自分たちの善を疑っていない者に対して、耐え難い挑発の視線だった。泉美にそのつもりが無くとも、リーダーはそう感じた。

 

「罰を与えよ!」

 

 

 リーダーが右手を挙げ、勢いよく降ろす。彼の左右に二人ずつ、合計四人の青年が背後から進み出て、右拳を突き出した。その中指に、真鍮色の指輪が鈍く光っている。

 

「まさか、アンティナイト!?」

 

 

 泉美の口から漏れる狼狽の独言。

 

「天罰!」

 

 

 リーダーの号令と共に、キャスト・ジャミングのノイズが深雪、泉美、水波を襲う。非魔法師の放つキャスト・ジャミングなら、深雪を止めることは出来ない。だが障壁魔法を展開中の水波が、苦しげなうめき声を漏らし、揺らいだ「壁」に、全方位から男たちの手が突き出された。




怒らせてはいけない人を怒らせたぞ……

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