劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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人が溶けるとか……グロイのは勘弁してほしい……


紫炎の魔法

 達也の挑発に、リーダーの顔が遠目でもはっきりとわかるほど赤みを帯びた。無論、自らの言行を省みて羞恥を覚えたのではなく、逆上によるものだ。狂信者はそれに相応しく狂気に目を血走らせ、達也を指差して喚いた。

 

「まずはこいつからやってしまえ! 神罰だ!」

 

「おおっ!」

 

 

 彼の手下が気勢を揚げた。いや、奇声を上げた。彼らの肉体は、己が達也に敵わない事を覚って、自ら退いた。しかし狂信に毒された彼らの心は、肉体が発する恐怖という名の危険信号を正しく認識する事が出来なくなっていた。

 

「罪を知れ!」

 

 

 最前列に立っていた青年が、達也に殴り掛かる。その青年の手には、伸展済みの伸縮警棒が握られていた。振り下ろされる青年の右手に、達也の左手が内側から打ち込まれる。伸縮警棒を握る指を手刀が強打する。

 

 

「ぐああぁぁ……!」

 

 

 青年の手から警棒が飛び、彼は右手を抱え込み前のめりになって、苦鳴を漏らす。達也の右手が青年の顔に伸びる。緩やかな速度で青年の耳のすぐ下に親指を突き立て、その直後に青年の身体が崩れ落ちた。

 

「警告する。これ以上攻撃を続けるなら、手加減は出来ない」

 

 

 足元に崩れ落ちた青年には目もくれず、達也はならず者どもを見回しながらそう言った。挑発のつもりで告げたセリフではなく、言葉通りの警告だ。

 しかし言われた方は挑発と受け取った。

 

「ふざけるなぁ! たかが道具の分際で!」

 

 

 狂態を示す人間主義者のリーダー。しかし彼の仲間は、こっそりと目配せし合っている。ここに至り暴力に対する恐怖が、盲目的な情熱を上回りつつあるのだ。

 それでも彼らはまだ、この場を去ろうとしない。まだ完全に目が覚めていない。魔法師が相手なら暴力に訴えても許されるという狂気から解放されていないという意味ではなく、単純な暴力において、自分たちが弱者だという事実を正確に認識できていないという意味で、正常な判断力を回復するに至っていない。

 この膠着状態は達也にとって、たぶん有利に作用する。彼はここに来る途中、交番の前にも人だかりが形成されていたのを見ている。恐らくは警察の足止めだろうが、それでもそろそろ警察官が駆け付けてもおかしくない頃合いだ。

 

「もうすぐ警察が来るぞ。逃げたらどうだ? 婦女暴行未遂の変態犯罪者」

 

 

 達也はもう一度警告を送ってみた。ただ今回は客観的に見ても、煽っているとしか思えない言い方だ。達也自身も、言い回しに気を遣う必要を認めていなかった。

 

「この餓鬼ゃあぁ!」

 

 

 狂信者はあっさりと逆上し、奇声を発しながらリーダー自ら達也に殴り掛かる。

 

「(あれは、まだ市販されていないスタンウィップ……警察官から奪ったのか、それとも警察内部の人間主義者が貸し与えたのか……どちらにしても、調べれば面白いネタが出てきそうだ)」

 

 

 そんなことを考えながら、達也は振り下ろされたスタンウィップを躱した。踏み出す動作で身体を捻って「敵」の背後に回り込む。相手にしてみれば、得物が達也の身体をすり抜けたように感じただろう。

 

「こっちだ」

 

 

 敵が達也の行方に気が付く前に、達也から青年に声を掛ける。慌てて振り返り、何もしないでいたら反撃されると考え、がむしゃらにスタンウィップを振り回す。

 大振りの攻撃が空振りに終わり、青年はバランスを崩し尻餅をついた。達也の口から失笑が漏れた。それは嘲笑ではなかったが、人間主義者のリーダーが達也の失笑を嘲笑と解釈しても、仕方のない部分はあった。

 

「殺してやる!」

 

 

 青年の殺意は言葉だけに留まらず、役に立たない鞭を放り投げると、コートのポケットに右手を突っ込んだ。彼の手がポケットから引き抜かれた瞬間、達也の右足が電光の速度で動いた。狂信者の右手を、蹴り上げるのではなく踏みつける。コンパクトに振り下ろされた達也の踵が、狂信者の手から凶器を叩き落とす。達也はその右足を路面に降ろすことなく、前に突き出して人間主義者のリーダーを倒した。

 勢いよく倒れた所為で、リーダーはピクリとも動かなくなった、だが仮に打ちどころが悪かったりしても、警察が達也を責める事はないだろう。道路には狂信者が落とした上下二連バレルの小型拳銃が転がっている。

 

「嘘だろ……」

 

「リーダーが銃を携行していたなんて……」

 

 

 この場は片が付いたと判断して、達也は戦闘の構えを解いた。

 

「お兄様!」

 

「深雪、隠れていろ!」

 

「はい!」

 

 

 通りの入口からこちらを窺っていた深雪の警告を受けるまでも無く、彼は魔法発動の準備を終えていた。達也の叫びにしたがい、深雪が通りの角から引っ込むと、狂信者が両手に浮かべていた紫の炎に向け、術式解体を放つ。

 

「何っ!?」

 

 

 術式解体で吹き飛ばした直後に、同じ魔法を再発動する事は不可能ではないが、魔法を再出力する為には術者の中で準備が必要だ。しかしそのプロセスがこの男の中に視えなかったので、達也は驚愕の声を漏らしたのだ。

 

「ま、魔法使い!?」

 

「リーダーが……邪教徒!?」

 

 

 青年の掌に浮かぶ火の玉を見て、彼の仲間が愕然とした声で呻いている。だが達也はその声には興味も向けず、この炎を手掛かりに術を放った魔法師本体へ「眼」を凝らした。

 

「(……紫炎の魔法を操っている術者は、あの男を中継しなければこの場にSBを放つことが出来ない。何か、あの男を使わなければならない理由があるはずだ)」

 

 

 もう一度術式解体で青年の手の上に揺らめく炎を打ち消す。すぐに紫炎のSB魔法は再発動された。

 

「(――見つけたぞ)」

 

 

 刻印は青年の手の中にあった。想子で描かれた文様が浮かび上がっていたので、達也は刺青の一部に向かって「分解」を放ち、正面から飛んでくる二発の紫炎を術式解体で撃ち落とす。

 それが最後の炎弾で、魔法中継の目印になっていた想子パターンを狂わされてSBを遠隔操作できなくなったらしく、青年は再び仰向けに倒れたのだった。




魔法無しでも最強なお兄様……

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