劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何処と比べてるんだ、泉美よ……


校長の威圧感

 泉美は打ち沈んだ表情を作る事で、苦々しい思いを目の前の大人たちから隠した。実際に落ち込んでいたので、演技するのは難しくない。

 

「(私はこの見栄張りな性格で、何時か身を滅ぼすかもしれませんね……)」

 

「……では、桜井さんの魔法障壁を使って暴力から身を守った以外は、魔法は使っていないと言う事ですね?」

 

「はい」

 

「相手がキャスト・ジャミングを使用したというのは事実ですか?」

 

「はい」

 

 

 1年B組の指導教師と、八百坂から投げ掛けられた質問に、泉美は短く、しっかりと答えた。答えを返している一方で、泉美は何故胃の痛くなる思いをしなければいけないのか、と恨み言を心の中で呟いていた。だが、この状況に彼女を追い込んだのは泉美自身で、その自覚があるので、苛立ちも不完全燃焼のまま燻り続けるだけだ。

 自校の女子生徒が若い男性に嫌がらせを受けた。しかも傷害事件に発展した可能性があったとなれば、教頭に留まらず校長が対応に乗り出してきても不思議ではない。当事者として説明を求められるのも当然のこととして納得出来る。

 問題は、何故自分一人でその役目を果たさなければならないかと言う事だった。いや、理屈では泉美にも分かっているのだ。この状況がやむを得ないものだということくらいは。

 

「相手はアンティナイトを持っていたと言う事ですが、出所などの心当たりはありませんか?」

 

「いえ、私には……司波先輩でしたら、何かご存じかもしれませんが……」

 

 

 泉美が口にしたように、達也であればアンティナイトの出所くらいは分かるかもしれないと八百坂も思っていた。しかしその達也は――達也だけでなく深雪や水波も、今は事情聴取の為に八王子署に同行している。

 最終的には反魔法主義者であるはずの暴漢が魔法を使い人的、物的被害を出しているので、加害者側だけでなく被害者側にも同行を求めた結果だった。

 水波は障壁魔法を使った本人として警察に同行を求められ、達也も自衛の為とはいえ実力行使した人間として事情聴取を拒否できない。深雪も魔法未満とはいえ、大量の想子放出をセンサーに計測されている。

 泉美も一応同行を求められたが、達也が誰か一人は学校に報告しに行かなければならないという趣旨の事を警官に告げた為、泉美は今の状況に陥っているのだ。

 しかし、学校側に報告しなければいけない事も、自分以外はそう簡単に解放されないであろう事も理解出来たので、その場では達也の言葉に納得して見せたのだった。だがしかし、よく言われるように、理屈と感情は別物なのだ。

 

「七草くん」

 

「はい」

 

 

 それまで無言で話を聞いていた百山校長が口を開いた。

 

「暴漢が君や司波くんの身元を認識した上でターゲットを変えたというのは確かかね?」

 

「確かです、校長先生。彼らは私を見て『七草家の』と発言し、司波会長の事を『一高の生徒会長』と仲間内で確認した後、私たちの方へやってきました」

 

「つまり、当初嫌がらせを受けていた一年生より、君たちの方が彼らにとって優先順位が高かったということになる」

 

「私もそう思います」

 

「ふむ……」

 

 

 低くそう唸り、百山は和服の袖の中で腕を組んで考え込んだ。泉美は辛抱強く、次の言葉を待った。

 

「(先ほどの司波先輩の威圧感に比べれば、校長の沈黙の圧力は大したことありませんね)」

 

 

 泉美は、先ほどの達也の咆哮を聞いている。言葉の圧力だけで人間主義者の壁を開いたのを見ている。だから百山が放つ圧力には耐える事が出来た。だが、大人たちはそうもいかなかったようだ。

 

「校長先生」

 

 

 八百坂教頭が、遠慮がちにというより恐る恐る、百山に声を掛ける。

 

「教頭。明日は臨時休校とする。期間は当面、二十三日の土曜日までだ」

 

「校長先生、いきなり休校というのは」

 

 

 唐突な決定に、八百坂は思わず口答えをしてしまった。すぐに「しまった」という顔で口を噤んだが、百山の口からは予想された怒声は放たれなかった。

 

「理由か?」

 

「あ、はい、その……」

 

 

 怒声の代わりに「この程度の事も分からないのか」という蔑みの眼差しを八百坂に向けた。それでも百山は、説明を厭わなかった。教育者らしく、教える事が好きなのかもしれない。

 

「当校の生徒が無差別に襲われたのであれば、それは単なる不平分子の暴走だ。だが実際には、当校の生徒の中で優先的に襲うターゲットを決められていると見られる。衝動的な暴発ではなく、組織的かつ計画的犯行の可能性が高いと言う事だ」

 

「組織犯罪、ですか……」

 

 

 蒼ざめたのは八百坂だけではなかった。一年B組の指導教師も、一年生の主任教師も、その他校長席の周りに集まっている大人たちだけでなく、泉美の顔からも血の気が引いていた。

 

「単なる暴徒と異なり、手段が過激になっていくことが予想されるからな。少し、様子を見る必要がある」

 

「はっ……仰る通りだと思います」

 

「では、手続きは任せたぞ」

 

 

 百山は八百坂にそう命じて、再び泉美に目を向けた。

 

「七草君、ご苦労だった」

 

 

 少しも労っているように聞こえなかったが、泉美はこれを退出を許可されたものと解釈した。一刻も早くこの場から解放されたいと感じていた泉美は、この機を逃さなかった。

 

「いいえ、当然の事ですから。それでは校長先生、失礼致します」

 

 

 彼女は丁寧に一礼して、出口に足を向けた。まだ何か聞きたそうな雰囲気は感じていたが、これ以上この場に留まりたくなかった泉美は、出来るだけ自然に見える程度の速さで部屋を辞して、怒られない程度の速さで生徒会室へと逃げ込んだのだった。




八百坂教頭は一拍遅いんだよな……

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