劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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後の展開が分からないので、重要そうなこのキャラをカットするわけにも……


九重寺の来客

 達也たちがミーティングから会食に移った頃、九重八雲は不意の客を迎えていた。本堂の奥の間で、珍しく袈裟を身につけ下座に座る八雲。世捨て人を自称する彼が、世俗を意識しなければならない相手だ。

 客人は異相の持ち主だった。老齢故か筋肉は落ちているが肩幅は広い。若い時分は堂々たる偉丈夫だったことが座っていても窺われる。頭はつるりとそり上げた僧形。だが着ている物は見るからに高そうなブランドもののスーツだ。それがごく自然に似合っている。

 単に高級品慣れしているという感じではない、オーダーメイドの高級スーツが象徴する世俗の権勢が内側から滲み出ている感があった。

 灰色の太い眉にどんぐり眼。眉目秀麗というタイプではないが、風格のある顔立ちだ。ただ、白く濁った左目が、相対する者に異様な圧迫感を与える。異相という印象も、この左目によるところが大きいに違いないだろう。

 

「青波入道閣下ともあろう御方が、このような無名の寺に度々お越し下さるとは、いったいどのような風の吹き回しですかな」

 

「無名の寺か。謙遜も度が過ぎると嫌味だぞ、九重八雲」

 

「これは失礼」

 

 

 八雲がいい加減に点てたお茶を飲み干しながら、飄々とした態度で答える八雲に「青波入道閣下」と呼ばれた老人は右目を眇めた。

 

「そもそも、無名の寺の住職如きが、この東道青波に対してそのようにぞんざいな口が利けるものか」

 

「おや、お気に障りましたか?」

 

「否。むしろ心地好い。代わりを所望する」

 

 

 八雲は薄笑いを浮かべ会釈し、茶碗を受け取り、風炉で沸かしたお湯を茶碗に注ぎ、茶碗を手に取りながらのんびりした口調で尋ねる。

 

「それで閣下、本日はどのようなご用件で? 先月お越しになったばかりで、拙僧の顔を見に来られたというわけでもありますまい」

 

 

 再びいい加減に点てたお茶を東道老人に押しやって、八雲は顔を上げる。彼が言う「先月」とは一月四日のことだ。達也と深雪が新年の挨拶に訪れた日、予定外の訪問で割り込んだ先客が、この僧形の老人だったのだ。

 

「九重八雲、貴殿の力を借りたい」

 

「はて、拙僧如き非力な坊主が、入道閣下のお役に立てますかな?」

 

「韜晦は止せ。果心居士の再来とも謳われるその幻術、貴殿が非力ならばこの世に力ある術者など居るまい」

 

「さて。果心居士は単なる奇術師であったとも言われております。その『果心居士の再来』とやらいう風評も、拙僧の技が目晦ましに過ぎぬという意味ではございませんか?」

 

「それは魔法が夢物語と決めつけられていた時代の俗説であろう。然様な誤魔化しは無駄だ。貴殿の実力は承知している」

 

「……それで閣下。力を貸せとは?」

 

 

 元々東道老人を煙に巻けるとは八雲も思っていない。白く濁った左目を持つ老人が何者なのか、八雲の方でもよく弁えていた。

 

「顧傑なる大陸の妖術師の跳梁、目に余る。死人を傀儡とする術はただでさえケガレをまき散らす。それをあのように見境なく使われては、清祓が間に合わぬ」

 

「閣下。神事の話を坊主にされても困るのですが」

 

「清祓に加われというつもりは無い。貴殿にはケガレの元を絶つ手助けをして欲しいだけだ」

 

「つまり、顧傑なる方術士を退治せよと?」

 

「日本から排除するだけで良い。生死は問わぬ」

 

「入道閣下の手の者は、逃がしても良いと考えていないようですが」

 

「四葉の者どもは最早、我が配下ではない。今の私は単なるスポンサーだ」

 

「拙僧が世俗に手を出すと本山がうるさいのですよ」

 

「比叡山とは話をつけてある」

 

「そうですか……」

 

 

 八雲にしては珍しい事だが、ため息しか出てこない気分になっていた。

 

「といっても、貴殿にあまり多くを望むつもりは無い。そのような立場でもないしな」

 

「まずは具体的なお望みを仰ってみてください。お引き受け出来るかどうかはそれからです」

 

「司波達也の力になってやってほしい」

 

「……入道閣下も彼のシンパですか」

 

「彼は一つの究極だ。まだまだ役に立ってもらわなければならん」

 

「顧傑如きで、彼をどうこう出来るとは思えませんが」

 

「私は司波達也が顧傑と対決する事を恐れているのではない」

 

「ではスターズと衝突する可能性を懸念されているのですか? 純粋な戦闘力で言えば、スターズのナンバーツーであるベンジャミン・『カノープス』・ロウズも司波達也くんには及ばないと思いますが」

 

「ルール無用の殺し合いであればな」

 

「なるほど」

 

 

 八雲は東道老人が何を気に掛けているのかを理解した。東道青波は暴力以外の力で勝敗が決する土俵に達也が引き摺り込まれるのを避けようとしているのだ。

 

「私が頼みたいのは、司波達也が不都合な状況に陥らないよう、彼の手綱を握る事だ」

 

「顧傑の捜索はよろしいので?」

 

「処分できればそれに越したことはないが、それはついでで構わない。どうせ、放っておいても顧傑はスターズが処理する」

 

「そう言う事でしたら承りましょう。拙僧と司波達也くんは他人でもありませんからな」

 

「感謝する。報酬は座布団十枚でどうだ?」

 

 

 ここでいう「座布団」とは、紙幣での取引が一般的だったころの隠語であり「座布団」一枚が一万円札一万枚、つまり一億円。座布団十枚とは十億円という意味だ。

 

「いえいえ。これでも拙僧は世捨て人のつもりです。金銭の報酬など必要ありません」

 

「タダより高いものは無い、というのは真理だ。少なくとも私はそう思っている。現金を受け取りたくないというのであれば、適当な仏像でも見繕って届けさせよう」

 

「処分に困る物はご勘弁願いますよ」

 

「貴殿が処分に困る? それはそれで面白そうだが、あり得んだろ」

 

 

 東道老人が膝に手をついてたちあがる。一呼吸遅れて、八雲が音も無く立ち上がった。

 

「相変わらず不味い茶だが、馳走になった」

 

 

 東道老人の決まり文句に、八雲は笑って襖を開けたのだった。




傀儡いませんし、八雲の出番はあるのか?
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