劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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命じれば絶対に聞きそうですが、あえてのお願い


達也のお願い

 達也と深雪が克人、真由美、将輝との会食を終えて帰宅したのは、午後十時を過ぎた時刻だった。といっても、高校生にとってはそれほど遅い時間ではないので、水波も当然のように起きていた。

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 ミアに家事を任せているため、水波の格好は普段着だったが、達也も深雪も水波が家事をやっている事は把握している。把握してなお、黙認しているのだった。

 

「ただいま。何か連絡は入っていないか?」

 

「ご本家、黒羽様及び津久葉様からのご連絡はありませんでした」

 

 

 達也の質問に、水波は微量の躊躇いと、少量の戸惑いが混ざり合った表情を浮かべた。確かに達也が待っていたのは逆探知した魔法師に関する結果だ。しかし水波の口調は、それとは別の連絡事項があると匂わせるものだった。

 

「リビングで聞かせてくれ」

 

「畏まりました」

 

 

 達也、深雪、水波の順番でリビングに入り、ソファに腰掛けた達也と深雪に向かって、水波が立ったままで留守中に入ったメールについて報告しようとする。

 

「水波も座ってくれ」

 

「いえ、私はこのままで」

 

「畏まる必要は無いのよ、水波ちゃん。ガーディアンとはいえ、貴女は私たちの家族みたいなものなのだから」

 

「は、はぁ……」

 

 

 達也と深雪に説得され、水波は達也の正面に腰を下ろして報告を開始する。

 

「一高より緊急連絡がありました」

 

「緊急?」

 

「はい、深雪様。差し迫った内容ではありませんでしたが、今日中に周知しておく必要があるので緊急扱いにしたのだと思います」

 

「それで、内容は?」

 

「明日から休校になるそうです。期間は二十三日の土曜日までですが、延長されるかもしれないとのことでした」

 

 

 達也の質問に対する答えは、兄妹を十分に驚かせた。

 

「……いきなりですね」

 

「……二高に続いて、今日のようなことが起こったんだ。この措置も分からなくはないが」

 

「なるほど……しかし、困りました」

 

「どうしたんだ?」

 

 

 深雪が頬に手を当てて、小さく息を吐き、達也が深雪の言葉の意味を尋ねる。深雪は少し恥ずかしそうに、微妙に視線を外して答えた。

 

「学校に戻る途中にあの騒動で、その後警察から直接帰宅しましたので……その、学校のロッカーに私物を置いたままで」

 

 

 深雪の様子から、その私物がどうやら他人に見られたくない類のものだと達也は察した。

 

「では明日取りに行くか」

 

「しかしお兄様。学校は閉鎖されているのでは?」

 

「私物を取る為に、少し入れてもらうだけだ。どうしても入れなかったら、その時は諦めがつくだろう?」

 

「そう…ですね」

 

 

 そんなに大した物ではない、とは深雪は言わなかった。気になっているのは紛れもない事実なので、深雪は付き合ってくれるという達也の言葉に甘える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この夜、達也はそのまま家から出かけなかった。SB魔法による遠隔攻撃がどこから仕掛けられてきたのかは分かっている。その現場に赴くというのも一つの方策だが、達也が選んだのは別の手段だった。

 

「深雪、少しいいか?」

 

「あっ、はい。少々お待ちください」

 

 

 後は寝るばかりとなった零時前、達也は深雪の部屋をノックした。扉の向こう側から、焦った声で応えが返る。慌ただしく動き回る気配がして、殆ど待つことなく深雪が顔を見せた。

 

「どうぞ、お入りください、お兄様」

 

 

 深雪の目元がほんのり赤く染まっているのは、ネグリジェの上からガウンを羽織っただけの格好が恥ずかしいからだろうか。しかし彼女は、ガウンの前を閉じていない。時間が無かった、からではないはずだ。

 達也はナイトウェア姿の深雪を前に、招かれるまま遠慮なく部屋に入った。

 

「ご自由にお掛けください」

 

「いや、ここでいい」

 

 

 去年から深雪はネグリジェを愛用している。それは雫に触発されたからで、達也もなんとなくその理由はしっている。だから深雪の格好にツッコミは入れずに、達也はドアを背にして用件を伝える事にした。

 

「お兄様?」

 

「深雪。突然、変な事をいいだすようだが……」

 

「はい?」

 

 

 達也らしくない持って回った言い方に、深雪は小首を傾げる。

 

「明日は早起きしてくれないか」

 

「(たったこれだけの事で、お兄様は何故言いにくそうにしているのでしょうか……)」

 

 

 心の中で訝しがりながらも、深雪は当然の如く肯定の返事をする。

 

「はい。それは構いませんが、具体的には何時に起きればよろしいのでしょうか」

 

「四時に地下の実験室に来てほしい」

 

「……随分早い時間ですね」

 

「ああ、すまないが……」

 

「いえ、構いません!」

 

 

 動揺のあまり、思わず正直な感想を返してしまったが、すぐに不平ともとれるその言葉を打ち消した。自分が達也に対して不平を述べるなどあってはならない事だと焦った所為で、必要以上に力んでしまった。

 

「そうか」

 

「お兄様、他にも何かお有りなのでは? 何なりと、仰ってください」

 

 

 深雪は達也に詰め寄り訴える。帯をしていないガウンが広がり、ネグリジェ越しに、下着をつけていない胸のふくらみが達也の目に入る。だが彼は動揺せずに追加の用件を伝えた。

 

「実験室に来る前に入浴を済ませてほしい。シャワーだけでも構わないが、とにかく身を清めてきてもらいたい」

 

「はい」

 

「服はガウンと下着……いや、水着を着けて来てくれ」

 

「はい。あ、あの、CADの調整……ですか?」

 

「いや、違う。何をするかはその時話す。済まないが、よろしく頼む」

 

 

 従妹とはいえ、異性の裸に近い恰好を見るのは失礼だと考えて、達也は視線を逸らして深雪にそう告げ、部屋から早足で去っていった。それを深雪は――

 

「(あのお兄様が、恥ずかしそうに!? もしや、そう言う事なのでしょうか)」

 

 

――という勘違いをしていた。

 彼女は「三時には絶対に起きなければ」と強く念じながら、萎えた足を叱咤してベッドへ向かい、色々と考え過ぎて気を失ったのだった。




深雪が勝手に盛り上がってる……

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