劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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驚かすのは無理だろ……


司波兄妹と黒羽姉弟

 私物を取りに一高に行った帰り道、特にトラブルに遭遇する事は無かった。達也は不気味さを覚えるよりも拍子抜けを味わったが、同じ場所で二日続けて騒ぎを起こすのはまずいという良識くらいは、活動家にもあったのだろうと考える事にした。

 本来の捜索活動に集中出来るのだから、不満を懐く筋合いではない。将輝の時間が午後からしか空かないという情報を、深雪が一高内で手に入れてきたのを元に、達也は顧傑追跡の手配を行った。

 

『達也くん、首謀者の足取りを掴んだのね?』

 

「はい。先ほど、実家から連絡がありました」

 

『そう……』

 

 

 達也が吐いた嘘に、ヴィジホンの画面の中で真由美がもどかしげな表情を浮かべる。彼女は七草家のテリトリーで起こった事件でありながら、四葉家に先を越されたことを情けなく思っているのだろう。本当は四葉家の方でも大した進展は無いのだが、達也はその事を当然口にしなかった。

 

「箱根テロ事件の黒幕である顧傑は、現在平塚市に潜伏しています」

 

『えっ、平塚!?』

 

「敵は最初からあまり動いていなかったんですよ。狭い範囲を移動しているだけだったんです。俺たちは、大掛かりな事件を起こした犯罪者が、一所に留まっているはずがないという思い込みを逆手に取られていました」

 

『そう……』

 

 

 真由美の顔に浮かぶ苛立ちは、自分自身と、自分の父親、そして兄に向けられたものだ。兄の智一が指揮する七草家の捜索隊は、現在人員を江東地区から成田にかけて展開している。箱根、伊豆、三浦半島方面は捜索の結果、ターゲットが潜伏している可能性は低いと判断しての事だ。

 だがその捜索済みのはずのエリアに犯人が潜んでいた。捜査の網が荒過ぎただけだったと言う事だ。

 

「七草先輩、続けても良いですか?」

 

『ごめんなさい、なに?』

 

「逃亡の準備に時間を与えない為、すぐにでも捕縛に動くべきだと思います。ですが、箱根テロ事件の解決は我々だけで済ませて良いものではありません。警察の矜持も考慮すべきです」

 

『そうね。首都のすぐ傍で起こされた大規模爆弾テロ事件。犯人逮捕には警察の威信が懸かっている。私たち民間の魔法師だけで解決してしまうのは、警察との間に感情的なしこりを残す結果になりかねないわね……』

 

「ですから七草先輩。顧傑逮捕に警察を動員出来ませんか?」

 

『どういう名目で? 分かっていると思うけど、四葉家が犯人と断定したというだけでは、逮捕令状は執れないわよ』

 

 

 真由美の指摘に、達也は眉一つ動かさず頷いた。

 

「分かってます。司法機関を納得させられるだけの証拠がないからこそ、関東圏において警察にも太いパイプを持つ七草家の力で警察を動かせないかと思ったのですから」

 

『一応、声は掛けてみるけど……警察に対する影響力なら、正直に言ってエリカちゃんの方が上よ』

 

「そうですね、先輩が千葉家に声を掛けても構わないと仰るのであれば、エリカに話してみましょう。こっちには貸しもありますし」

 

『お願いだから止めてっ!』

 

 

 真由美の独断で千葉家の関与を認めたなどと身内から非難されてはかなわない。そもそも、そうなった場合、傷つくのは七草家の面子なのだ。

 

「そう言われましても、今夜には仕掛けたいのですが」

 

『分かったから! 夕方までには手配するから! だからそんなにいじめないで!』

 

「よろしくお願いします」

 

 

 真由美のセリフに一切異議を唱えず、達也は通信を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美と話した後、克人、将輝ともヴィジホンで打ち合わせを終えて、出かける予定の時間まで一休み出来るかと達也が考えている最中に、来客を告げるベルが鳴った。来訪者は文弥と亜夜子だった。

 

「いらっしゃい、亜夜子さん、文弥君。でも今日は学校ではなかったの?」

 

「お邪魔いたします、深雪お姉さま。本日から四高も休校になりましたの」

 

「一高の決定に追随する形で、二高と四高は今日から休校しています。他の五校も、明日から歩調を合わせると聞いています」

 

「それで、わざわざ来てくれた理由を聞いても構わないか?」

 

 

 達也は目の前に座る二人に目を向け問いかける。向かいに座っていた双子の姉弟はアイコンタクトで意思を通わせて、どちらが答えるかを決めた。

 

「達也兄さんから情報をいただいていた古式魔法師の死体を確認しました。近江円麿は『人形師』の異名を取る古式魔法師で、得意とする術式はSBを死体に取りつかせて操る大陸流のSB魔法です。今回の標的である顧傑とはタイプが違う死体操作術の使い手ですね」

 

「そうか。ところで、最初の質問に戻るが、二人がここに来た理由を聞いていいか? 通信は傍受されている可能性があるとはいえ、調査結果を届ける事だけが目的ではないだろう。俺が出ている間の深雪の護衛に来てくれたのか」

 

「達也さん、物分かりが良すぎるのもどうかと思います」

 

「二人が同じ部屋で良ければ、家に泊まると良い。どうせホテルを取っているのだろうが、護衛ならここに泊まる方が都合がいいだろ」

 

「……姉さん、どうする?」

 

「御言葉に甘えましょう。達也さん、深雪お姉さま、水波ちゃん、よろしくお願いいたしますわ」

 

「こちらこそよろしく頼む。水波、ミア、二人が泊まる部屋を整えてくれないか」

 

「かしこまりました」

 

 

 今から掃除を始めてベッドメーキングをするには、やや遅い時間だ。しかし水波とミアは、嫌な顔一つ見せる事無く達也の指示に言葉とお辞儀で答えた。

 

「では、わたくしたちもホテルから荷物を取ってきます」

 

「俺ももうすぐ出かける。今日は帰れない可能性が高い。深雪、後は頼んだ」

 

「はい、お兄様」

 

「達也さん。ご武運をお祈り申し上げますわ」

 

「明日の朝までには、片をつけるつもりだ」

 

 

 亜夜子の激励に、達也はそう答えて立ち上がったのだった。




知らないフリまでさせたのに……

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