劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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果たして、彼女はどちらを選ぶのか


リーナの裏切り

 顧傑が潜伏しているのは平塚の市街地だ。ターゲットに包囲を気づかせないという理由の他に、住民に不安を与えない為に、克人をヘッドとした顧傑捕縛隊は人数を絞った上でひそかに配置を進めた。しかし彼らの動きは敵に察知されていた。顧傑ではなく、彼の逃亡を支援する勢力に。

 その事を克人は気づかないし、まさかUSNA軍が顧傑逃亡に手を貸すなどと思ってもいない。だが、手を貸す理由があると知っている達也は、前もって手を打っておいたのだった。

 

「久しぶりですね、カツト・ジュウモンジ」

 

「お前は……アンジェリーナ・クドウ・シールズか」

 

「今はUSNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズの総隊長、アンジー・シリウスとしてこの場にいるつもりよ」

 

「……その事は司波以外に知っている者はいるのか?」

 

「吸血鬼騒動の際、吉田や千葉、西城といったクラスメイトは気づいたようですけどね。無論、他言無用を約束させました」

 

 

 リーナの正体に若干の戸惑いを隠せずにいる克人に、達也は淡々と事実を告げる。

 

「顧傑を公海上におびき出し、始末する計画を立てたのはベン……ベンジャミン・カノープス少佐よ」

 

「スターズのナンバーツーが何故、日本でテロを起こした魔法師を狙っているんだ」

 

「テロに使われた爆薬は、USNA軍から盗み出された物である可能性が高いの。万が一顧傑を日本側が捕まえ、爆発物の出所を突き止めてしまったら、USNA軍は――ひいてはUSNAという国が世界中から非難され笑われる。それを阻止するためには、情報を吐く前に抹殺するのが一番なの」

 

「ではなぜ、君は我々の味方――いや、司波の要請に応えたんだ」

 

 

 スターズの総隊長であるリーナが自分たちの側に付く理由が、克人には理解出来なかった。自国を売るような少女にも見えないし、彼女の立場からすればむしろ味方のふりをしてこちらの妨害をしてくるのではないかと警戒するのも当然だ。だがしかし、リーナは頬を赤らめ、若干視線を逸らしながら小声で答えた。

 

「それは……ワタシは、軍人としてではなく、タツヤと一緒になって幸せになりたいと強く思ったから……ただそれだけよ。だからこの件でスターズと決別し、日本の魔法師として生きていく意思表明のようなものよ」

 

「既に手は回してありますし、九島閣下にも協力を取り付けていますので、リーナが日本に帰化する事自体は難しくはありません。ですが、リーナがUSNAに未練があるのであればと思いこの場に誘ってみたのですが、どうやら彼女は嫌気がさしていたようですね。スターズ総隊長としての任務に」

 

 

 達也からの補足説明で、克人はとりあえず納得する事にした。本音を言えばまだ全然信頼出来ていないのだが、今は時間が惜しいのだ。

 

「では、作戦を開始する」

 

 

 通信機を使い包囲している将輝たちに短く指示を出し、克人たちも顧傑包囲網を狭め始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入国以来、顧傑は殆ど我が身一つで潜伏場所を転々としている。隠れ家の提供に古い友人を頼る事はあったが、護衛や攪乱に使う手兵はその場その場で調達してきた。

 関係する人間が増えれば、それだけ情報は漏れやすくなる。顧傑はこれまでコンタクトする人間は最小限に抑え、その相手から足が付きそうになったらすぐに始末する事で、日本の魔法師の追跡を躱してきた。顧傑にとり「血盟の朋友」とはその程度の信頼性と価値しか持たないのだ。

 しかしいよいよ日本から脱出するという段になると、顧傑も自分だけでは手が回らなくなっていた。まず出国の手段だが、密入国に使った貨物船を留めているのはあくまで囮としてで、実際には無頭竜の残党が所有する密貿易船を利用するつもりだった。だがこれが思いの外難航している。

 無頭竜は顧傑がリチャード=孫を支援して作らせた組織だが、二〇九五年の夏に、日本とUSNAの共同作戦により一旦は壊滅させられている。

 その後、組織の残党はカリフォルニアの大学に通っていたリチャード=孫の一人娘を頭に迎えて組織を再建しているのだが、その娘、孫美鈴は日本に敵対する事を禁じたのだ。

 

黒顧大人(ヘイグダーレン)(ドゥ)です。入ってもよろしいでしょうか」

 

 

 そうした状況下で、彼が先週見つけた斡旋人がこの杜という人物だった。座間で日本の魔法師から襲撃を受けた際、逃亡用の救急車を運転していた男だ。なお「黒顧」というのは無頭竜における顧傑のコードネームで、彼自身がそう呼ぶように命じたものである。

 

「入れ」

 

「大人、船の手配が付きました」

 

「そうか」

 

 

 顧傑は杜を信用していない。座間では時間が無かったのでやむを得ず頼ったが、あまりにもタイミングが良すぎた。それにジョー=杜という名前がふざけている。「ジョー」が「ジョン」の短縮形で「ジョン・ドゥ」が身元不明死体や身元不明被疑者に使われる仮名だということを、USNAで暮らしていた顧傑は当然知っている。しかし、胡散臭くてもこの男を使うしかない。顧傑は心情的に、そこまで追い詰められていた。

 今日の未明、突如自分に向けられた謎の視線。あれは自分を探している術者の探査魔法だったと顧傑は結論付けていた。

 

「すぐに発つ」

 

「ご案内します」

 

 

 既に荷造りは終わっている。元々普通の意味での荷物は無い。持ち歩かなければならないのは金と呪法具のみだ。呪法具は自分で持ち、色々な国の紙幣と電子通貨が入った鞄を杜に持たせ、顧傑は杜の背中に続いた。




恋する乙女は無敵ですからね

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