魔法を打ち消された事に動揺せず、ベンジャミン・カノープスはすぐさま魔法を打ち消した相手を探した。しかし探す必要も無く、相手の方が先にこちらへ向かって来ていた。
「船を止めるために顧傑の傀儡となった乗組員を無力化している間に、随分と物騒なものを振り回してますね、USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズ第一隊部隊長、ベンジャミン・カノープス少佐殿」
「何故私の名前を……いや、お前は……」
「俺が誰か知っているようですね。なら話は早いですね。取引と行きましょうか」
達也は視線をベンジャミンに向けたまま、顧傑に向けCADの引き金を引いた。杜を操るために使った術式を打ち込もうとしていた顧傑は、魔法がキャンセルされた事に驚き、その隙を達也に突かれ意識を刈り取られた。
「俺たちは別に、顧傑の身柄が必要なわけではありません。箱根テロ事件の首謀者を捕まえたと、世間に伝えられればいいのです」
「……それで?」
「貴方たちに不都合な事は発表するつもりもありませんし、する必要も無いでしょう。ですが、追跡権が成立しているにも関わらず、警告も無しにいきなりこの船に斬りつけた事は、問題視するべきでしょう。証拠もあるわけですし」
そう言いながら達也が視線を逸らすと、闇の中から一人の坊主が現れた。
「さすが達也くん。もう僕の隠形じゃ隠れ通せないね」
「隠れてるつもりも無かったでしょうに」
飄々とした態度で現れた八雲の手には、記録媒体が握られていた。
「スターズのナンバーツーと名高い貴方が、何の警告も無く、また見た目には何の問題も無い船に斬りかかったとなれば、何かUSNAにとって都合が悪い事があるのではないかと邪推され、近いうちに貴方たちが隠したかった事も世間に知られる事となるでしょう」
「何が目的だというのだ」
ここでこの二人を消す事は容易い、とカノープスは思っているのだが、先ほど術式がキャンセルされた事と、顧傑の意識を刈り取った際の達也の動き、そして自分には感じ取れなかった八雲の気配と、不確定要素が多すぎるので力づくは避ける事にした。
「こちらの要求は二つです」
「聞こうか」
自分がスターズ所属だと知っていてなお、冷静な態度で交渉してくる達也に、カノープスは感心と疑いの混ざった視線を向ける。だが、その程度で達也の心は乱れない。
「まず一つ目ですが、そこに転がる顧傑が、箱根テロ事件の首謀者であることを発表する事。そして捕縛の際に我々日本の魔法師もいたことも発表してください」
「……テロに使った爆薬とかの出所は言わなくていいのだな?」
「そんな事、知りたがる人間はいませんよ」
達也の返事に、カノープスは小さく息を吐いた。これでUSNAにとって不利な事は無くなったと思ったのだろう。
「ああ、浜辺で伸びている貴方たちのお仲間ですが、しっかりと刑事罰を受けさせてからお返しします」
「何の事だね?」
遠隔操作で燃やし尽くしたはずの妨害工作員の事を言われ、カノープスは内心で焦りはしたが、表にその感情を出す事は無かった。
「使っていた武器や恰好などで、USNAの息のかかった魔法師であることは既に分かっています。もちろん世間に公表するつもりはありませんので」
生き残りは既に、十文字の息のかかった人間により拘束され、その身柄は日本の警察でも引き渡し請求が出来なくなっている。そこからUSNAの関与が世間に知られる事は無い。
「……それで、二つ目の願いを聞かせてもらっても?」
カノープスは取り合わない事で、自分たちは関与していないと言うことにしようとした。もちろん、そんな事で達也たちの疑いが晴れる訳は無いと理解はしている。
「この船の後処理と、顧傑を消すのであれば、USNAの領海でお願いします。公海上で消されるのは、色々と問題があるでしょうし」
「その程度なら構わないが、何処で消したかなんて君たちに知りようがないのではないか?」
極端な話をすれば、達也たちがこの場から離れた直後に消しても、カノープスは達也たちにその事を知る方法は無いと思っていた。
「忘れているのかもしれませんが、俺たちはここまで顧傑を追いかけてきたんですよ? 当然、顧傑がどこにいるか分かってたに決まっているではないですか。つまり、顧傑という存在が消されたとして、そこが何処なのか知りようがあると言う事です」
「随分と高度な知覚系魔法が得意な魔法師がいるようだね。分かった、消すのはUSNAの領域に入ってからにしよう」
有意義な交渉を済ませた達也は、もう一度八雲の方へ視線を向ける。彼も心得ているようで、一度姿を消してすぐに現れた。一体の死体を抱えて。
「こちらの骸はお返ししますね。顧傑によって生命を奪われ、そして傀儡として我々の船に突っ込もうとした、ジョゼフ・ドゥです。そちらで弔ってください」
「ドゥの名を何処で……いや、君ならそれくらい簡単なのか」
自分の名を知られていた事を思い出し、カノープスは深く聞くことを諦めた。
「ところで、何故彼女がそちらの船に乗っているのか、聞かせてもらってもいいかな」
「簡単な事ですよ。アンジー・シリウスはUSNAではなくこちらの味方をしたからですよ。表向きの名目として俺の婚約者候補に名を連ね、その実こちらの情報を引き出そうとしていたんでしょうが、彼女の恋心を甘く見ていたのがそちらの敗因でしょうね。既に彼女を日本に帰化させる手続きも済んでいますので、文句などは正規のルートを通して国にしてください」
そう言い残して、達也と八雲の姿が不審船から消え、日本の巡視船がこの船から遠ざかって行っている事にカノープスは気が付いたのだった。
「あれが、四葉の次期当主……」
ドゥの死体を見下ろしながら、カノープスはそう呟いたのだった。
とりあえず、穏便に事が進んだ様子……