本家へ報告のために向かっていた達也だったが、途中で見覚えのある車が近づいてきたのでバイクのスピードを落とし駐車スペースへと向かった。
「さすがね、達也さん。あの速度で気づくんだから」
「見覚えありましたし、気配でどうとでもなりますから」
「そうだったわね」
車の持ち主、夕歌が笑みを浮かべながら手招きし、達也を助手席に座らせる。
「ご当主様は今、本家にはいらっしゃらないわ」
「魔法協会ですか」
「そうよ。だから私が迎えに来たの。そもそも大型二輪じゃ本家へはいけないでしょ?」
「近くに止めて、後はどうとでも」
「次期ご当主なのにね」
未だに四葉家内では、達也を次期当主として認めたくないと思っている使用人たちが多く存在している。達也もその事を知っているので、本家の迎えを頼もうとはしないのだ。
「それにしても、本当にUSNAと交渉したのね」
「向こうは顧傑の身柄さえ確保出来ればどうでも良いって感じでしたから。先に制圧していた船に乗り込んできたのは事実ですし、追跡権がこちらにあったのも事実ですから」
「でも、あのカノープス少佐相手だったんでしょ? 緊張とかしなかったの?」
「俺には無縁の感情ですからね」
あっさりと言い放つ達也に、夕歌は肩を竦めてみせた。我を忘れるような強い感情は無くとも、それなりに緊張したりはするはずなのだが、達也がそれを無縁と切り捨てた事に対し呆れたのだ。
「この件で、達也さんは随分と多くの家に恩を売った事になったわね」
「そうですかね。千葉家にはともかくとして、他の家にはそれほど恩を売った形にはならないと思いますが」
千葉家長子である寿和が、もしかしたら顧傑の傀儡となっていたかもしれないという事は、既に報告済みだ。彼の部下である稲垣を使い、寿和の事も操ろうとしてたところを、達也が手配した四葉の人間が阻止し、稲垣の呪も解呪したのである。
長子だけではなく高弟の命まで救ってもらった千葉家としては、四葉家に無理難題を押し付けられても断れない立場となってしまったのだった。
「これでますます、末っ子のエリカさんは達也さんのお嫁さんになるしかなくなったわね」
「エリカは家の事など気にしませんがね」
「事情は知ってるけど、それでも少しくらいは気にしてると思うわよ」
家の事はともかく、エリカは道場の事は気にしているかもしれない。達也はそんなことを考えたが、口にはしなかった。
「それにしても、亜夜子さんが羨ましいわね」
「はい?」
唐突に話題が変わったので、達也も思わずそんな返事をしてしまった。実際、何故夕歌が亜夜子の事を羨ましいと思ったのか、達也には心当たりがなかったからでもある。
「達也さんが普段生活している空間にいる事が出来たんですから」
「……亜夜子はあくまでも深雪の護衛としてあの空間にいたんですから、夕歌さんが思ってるような感情は無かったと思いますが」
「でも、いた事には変わりないでしょ?」
「そうですね……」
分が悪いと判断した達也は、魔法協会関東支部に到着するまで無言を貫くことに決めたのだった。
魔法協会関東支部に到着し、最上階の部屋に案内された達也と夕歌を出迎えたのは、筆頭執事の葉山だった。
「お待ちしておりました、達也様」
「様は止めてください、葉山さん。ここにはそういう事を気にする人間はいませんので」
「そうですか。では達也殿、奥様は今、七草家当主様と会談中ゆえ、もうしばらくお待ちください」
「分かりました」
真夜が弘一と何を話しているかは気になるが、どうせすぐに話してくれるだろうと考えて達也は腰を下ろした。夕歌も達也の隣に腰を下ろし、すかさず葉山が二人分の紅茶を用意する。
「達也さんはコーヒーの方が良いんじゃない?」
「いえ、紅茶も飲みますので」
葉山が淹れた紅茶を一口啜り、夕歌はホッと息を吐く。真夜に会うというのは、それなりに緊張する事なのかと達也は再認識したのだった。
「それにしても達也殿。USNA相手に随分派手にやらかしたようですな」
「母上には事前に報告しておきましたが」
「存じております。ですが、七草家はその事を知らなかったので、今確認に来られておるのですよ」
「手柄をあげられなかったことへの抗議なのでは?」
達也の容赦のない言葉に、葉山は実に面白いという表情を浮かべる。一方で、隣に座っている夕歌は完全に噴き出した。
「達也さん、いくら本人がいないからって随分な言い草ね」
「事実、捜索隊は見当外れの地域を捜索していましたし、顧傑捕縛の際には、智一殿は役に立ちませんでしたからね。警察を引き連れてきてくれたのは良かったですが、すぐに使い物にならなくなりましたし、隠蔽に動いたのは十文字家ですから」
「長女の真由美さんはそれなりに働いてくれたんでしょ? 巡視船を連れてきたりして」
「七草先輩は本来待機のはずだったんですがね。あの人の行動力に今回は助けられました。さすがに海の上を全速力で走って追いかけるのと、船に乗って追いかけるのでは負担が違いますから」
「達也さんなら大して変わらないんじゃない?」
面白がっているのを隠そうともしない夕歌に、達也は肩を竦めて息を吐いた。
「俺はともかく、一条のヤツがどうなってたか。一条家の跡取りを危険な目に遭わせたとか言って抗議されたら面倒ですから」
本気でめんどくさそうに言う達也に、夕歌も葉山も楽しそうに笑った。
「ただでさえ深雪さんを寄越せとか言って来てる家だもんね。何かあったら言ってきそうね」
「ですが、そんな理屈が奥様や達也殿に通用するとも思えませぬが」
「どうせ裏で七草家と繋がってるんですから、援護射撃でも期待しての事かもしれませんがね」
将輝の深雪へのアピールは、七草家が背中を押した結果だと言う事を達也は知っている。だからではないが、もし将輝に何かあった時は、七草家と結託して文句を言いに来ただろうと達也は割と本気で思っていたのだった。
その事は葉山も同意見なので、達也のセリフに頷いて同意を示したのだった。
暗躍は四葉家の得意技ですからね