劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真夜の青木苛め

 暫くお茶を啜っていると、漸く真夜が部屋へと入ってきた。扉の向こう側に七草弘一の姿も見えたが、達也は気づかないフリをした。

 

「お待たせしました。達也さんも夕歌さんも、ごめんなさいね」

 

「いえ、問題ありません」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。弘一さんたら色々としつこくて」

 

 

 辟易とした態度を隠そうともしない真夜に、葉山はカフェイン抜きのハーブティーを淹れ彼女の前に置いた。それを一口啜ってから、真夜は視線を達也へと向けた。

 

「今回の件、報告は受けています。USNA軍相手にうまく立ち回ったようですね」

 

「顧傑の身柄はUSNA側に持っていかれましたが、今回のテロ首謀者を捕まえた事と、十師族も捕獲に尽力したと言う事をマスコミに発表してもらう事になっていますので」

 

「その辺りは弘一さんが上手くやってくれるわよ。ただでさえ七草家は師族会議で株を落として、今回の件でも智一さんが足を引っ張ったんですもの」

 

 

 真由美はそれなりに働いたが、彼女は既に四葉家に婚約を申し込んでいる身であり、彼女の心情的にも七草家の為というより、達也の為に動いたつもりだろう。

 

「スターズからアンジー・シリウス少佐の引き抜きも無事済みましたので、達也さんは遠慮なく彼女を娶ってくださいな」

 

「母上こそ、どうやってスターズと交渉したんですか?」

 

「それは秘密よ。いずれ達也さんにそのコネを引き渡すつもりだけどね」

 

 

 裏工作において、達也は真夜に対して素直に負けを認めている。自分もそれなりに動くが、それ以上に真夜は動いているのだ。

 

「さてと、報告はこのくらいかしらね」

 

「そうですね。顧傑捜索も済みましたので、文弥と亜夜子は黒羽家へ帰します」

 

「当分学校もお休みでしょうし、たまにはのんびりしてもらったらどうかしら? 文弥さんも亜夜子さんも、達也さんに懐いてるようですし」

 

 

 テロリスト捜索は確かに終わったが、反魔法師運動についてはまだ片が付いていない。休校は継続されるだろうし、早めの春休みと言う事で文弥と亜夜子はもう少し司波家で世話になることになったのだった。

 

「ご当主様、七草様は既にこの部屋の前を離れたようですし、ここにはご当主様の本性を知っている者しかいません。ご存分に」

 

 

 夕歌が扉の向こうの気配を探り真夜に声を掛ける。葉山も柔和な笑みを浮かべ頷き、真夜を促す。

 

「そう? じゃあ遠慮なく」

 

 

 一応当主としての威厳を保ったと、真夜は一度咳払いをしてから――

 

「たっくん、お疲れさま! 凄かったね!」

 

 

――達也の膝に飛び乗り、甘えるように達也の胸に顔をすり寄せた。

 

「相変わらず見事な変化ですね」

 

「だって、今回の件の所為でゆっくりたっくんとお話しする時間は作れなくなっちゃったし、深雪さんやシールズさんはたっくんに抱き着いたり抱き着かれたりで羨ましかったし」

 

 

 深雪の件は兎も角として、何故リーナの件も知っているのかと、達也は疑問に思ったが、その事を尋ねる事はしなかった。

 

「正式に春休みに入ったら、たっくんには本家へ来てもらう事になるとおもうから」

 

「それは構いませんが、どのような用件でしょうか」

 

「婚約者候補の最終決定よ。今回の件で深雪さん、七草真由美さん、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんは決定的になったけど、残りはたっくんが選んでちょうだい」

 

「選ぶのは構わないのですが、それぞれが生活する場所はどうするのですか? 今まで通り実家だったり一人暮らしをしてもらって構わないのでしょうか?」

 

「そうねぇ……四葉の次期当主の婚約者ともなると、狙われる可能性もあるのよね……葉山さん、何処か良いところないかしら?」

 

「FLT本社が研究施設として使っていた建物がありますので、そこを改装するのは如何でしょう? 広さも十分ですし、四葉の手の者を配備するのも簡単でございます」

 

「それじゃあ、そこを改装する手配と、警備の割り振りをお願いするわね」

 

「かしこまりました」

 

 

 恭しく一礼して、葉山は音を立てずに部屋から去っていった。

 

「あの場所ならたっくんの今の家からも遠くないし、深雪さんだけ贔屓している今の現状も解決しそうね」

 

「一日おきに別の部屋に泊まれと?」

 

「そうしないと深雪さんをどうにかしようって運動が起こっちゃうかもしれないし」

 

「まぁ、確かに今の状況は深雪を贔屓し過ぎだと言われても仕方ないですがね」

 

 

 つい数か月前まで兄妹として過ごしていたのだから、すぐに男女の仲になれるはずもないのだが、女子の考えは達也には理解出来なかったのだった。

 

「ところで、最終候補ってどうなっているのです? 俺にはその辺りの情報が全く来ていませんので」

 

「おかしいわね? 青木さんにちゃんとたっくんに伝えておくように言っておいたのだけど」

 

「……伝える気が無かったんですね?」

 

 

 本当に伝えるつもりがあったのなら、間違っても青木には頼まないだろうと、達也も理解している。次期当主になったとはいえ、青木の態度は以前とさほど変わらない。あからさまに喰ってかかってくることは無くなったが、態度が軟化したかと問われれば、変化なしと答えるしかないだろう。

 

「このままだと青木さんの給料をカットするしかなくなっちゃうわね」

 

「あまり苛めるのは可哀想ですよ」

 

「今までたっくんに不当な態度をとってたんだから、これくらい苛めにならないわよ」

 

「それでもです」

 

「分かったわよ。その代わり、今たっくんが存分に甘えさせてくれたらね」

 

 

 期待の眼差しを達也に向ける真夜に、達也はため息を吐いて真夜の喉を撫でる。まるで猫のように喉を鳴らして、真夜はますます達也にすり寄るのだった。




態度を改めないと本当にやりそうだな……

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