達也が報告に行っている間、司波家には深雪とリーナ、そして亜夜子が無言でリビングに集まっていた。その中に何故か混ざっている文弥は、非常に居心地の悪い思いをしていたのだった。
「リーナはお兄様に呼ばれてテロリスト捜索を手伝っていたのよね?」
「ええそうよ。私の力が必要だって言われたから、仕方なくね」
勝ち誇った笑みを浮かべリーナがそう答えると、深雪と亜夜子は悔しそうにリーナから視線を逸らした。本当は自分も達也の手助けがしたかったのに、それが叶わなかった。なのにリーナは達也の手助けをしてきたと聞かされて、心中穏やかでいられるわけがない。
「えっと、アンジェリーナさんでしたっけ?」
「リーナで構いませんよ」
亜夜子が声を掛けると、リーナは年上の余裕を見せてそう答える。
「ではリーナさん。貴女は本当に達也さんの妻になる覚悟が出来ているのですか?」
「USNAを捨てる覚悟はとっくにできているわ。そもそも、今回日本に来たのだって、その覚悟の現れなんですから」
「いえ、USNAを捨てる覚悟ではなく、四葉の嫁になるという事がどういう意味を持っているのか分かっているのか、という意味です」
「……どういうことよ」
イマイチ要領がつかめないリーナは、亜夜子の質問に首を傾げ問いかける。
「十師族当主の嫁になると言う事は、それなり以上に品格を問われます。聞くところによると、貴女はだいぶお転婆で世間知らずだそうで」
「そんな事ないわよ! ワタシだって猫を被る事くらい出来るんだから」
「私相手にすぐ激昂するようでは、日本魔法師界の闇とも言われる十師族の中で上手くやっていけるとも思えませんが」
亜夜子の言葉に、リーナはムッとした表情を見せて、すぐに猫を被った。
「そう言えば貴女、タツヤとどういう関係なの?」
「私は達也さんの再従妹の黒羽亜夜子と申します。達也さんが不在の間、深雪お姉さまの護衛としてこの家に厄介になっている者です」
「そう、貴女はタツヤの婚約者候補ってわけじゃないのね?」
「いえ、その立場でもあります」
リーナが自分の方が優位だと勘違いしたタイミングで、亜夜子は自分も候補であることを告げた。その瞬間に火花が散った錯覚に陥り、文弥はますます隅の方で存在を小さくしている。
「亜夜子ちゃんもリーナも、あまりバチバチさせると文弥君が可哀想よ」
「いえ、深雪姉さま、僕の事は気にしないで大丈夫です」
本音を言えば、気にしてほしくないのだが、そんなことは言えない文弥は、自分の事を気にしなくても大丈夫と告げるので精一杯だった。
「ところでリーナ、貴女お兄様にお姫様抱っこしてもらったそうね」
「乗っていた大型二輪が真っ二つにされちゃったからね。脱出の際タツヤがワタシを抱きかかえてくれたのよ」
深雪が嫉妬していると勘違いしたリーナは、誇らしげに胸を張り、余裕の表情ともとれる顔でそう告げた。
「私はお兄様に、ほぼ裸の状態で抱きしめてもらったわ」
「はぁ!? ミユキ貴女……もうタツヤとそういう関係になってるの!?」
「それは私も聞き捨てなりませんわ! 深雪お姉さま、詳しくお聞かせ願います!」
リーナに続き、亜夜子も身を乗り出して深雪に詳細な情報を求める。もちろん事細かに話せば達也の異能についてもリーナに話さなければならなくなるので、深雪は話していい事とそうではない事を頭の中で瞬時に整理して、簡潔に告げた。
「顧傑捜索の為に必要な事だったから、お兄様も仕方なくそうしたのだと思うけど、私は嬉しかったわ」
「どうして裸で抱き合うのが顧傑捜索に繋がるのよ!」
「裸ではないわよリーナ、ほぼ裸。私は下着姿で、お兄様は水着を穿いていらっしゃったわ」
「それは、達也さんの特殊能力を最大限利用するために必要だったのですか?」
「さすが亜夜子ちゃん。そう言う事よ」
イマイチ理解出来なかったリーナとは違い、達也の異能を知っている亜夜子は先ほどより落ち着いた口調で深雪に尋ね、その答えを聞いて納得したように乗り出していた身体を落ち着かせた。
「そう言えばリーナは戦略級魔法師なんでしょう? よく亡命なんて出来たわね」
「亡命じゃなくって帰化だもの。ワタシの中に流れる血の、四分の一は日本人の血だし、十師族の四葉家と、元十師族の九島家が裏で動いたってタツヤが言ってたから問題ないんじゃない? 詳しい事はワタシにも分からないけど、ワタシの魔法はスターズから四葉家に権限が移ったそうよ」
「少し小耳にはさんだのですが、その戦略級魔法を達也さんにぶっ放したというのは本当ですか?」
「確かにタツヤには放ったけど、何事も無かったかのように対処されちゃったのよね……さっきも大型二輪を元に戻してたし、タツヤって何者なの?」
まだ説明を受けていないリーナは、純粋な興味から深雪と亜夜子に尋ねる。だが二人は、達也に向けて戦略級魔法を放ったという事実を受け入れられていなかった。
「あの、どうかしたの?」
「貴女、お兄様にそんな危ない魔法を放ったの?」
「えっ、例のパラサイト事件の時にね。でも、特に問題なかったでしょ?」
「普通なら大ありですが、達也さんだから騒ぎにならなかっただけですよ……」
「さっきから何を隠してるのか分からないけど、タツヤは気にするなって言ってくれたし、ワタシもそれ以上は戦ってないから」
達也が帰ってきたら聞かなければいけない事が沢山出来た深雪は、どの順番で達也に問うか頭の中で整理し始め、亜夜子は無知は幸いなりとリーナに同情的な視線を向けていた。
「何なのよ、まったく……」
急に黙り込んだ二人に、リーナは若干の苛立ちを感じながら、カップに残っていたお茶を飲み干したのだった。
事情説明して、将輝に引導を渡したらいよいよ婚約者発表ですかね……