劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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今回一発目のIFは、婚約者が一人だったらという体で物語を進めます。
そして新刊発売日、また仕込んだネタが原作で現実になりかけてたな……


婚約者IFルート その1

 婚約者だと自覚するには、まだ少し時間を有するかもしれないが、恋人であった時間はそれなりに長くなってきたので、一緒にいる分には変に緊張する事は無い。

 部屋で一人自分と達也との関係が恋人から婚約者に変わった事を浸透させるために、雫は通信端末で達也と会話する事にした。

 

『それでこんな時間に電話を掛けてきたのか』

 

「ごめんなさい、ダメだった?」

 

『いや、構わないさ』

 

 

 付き合い始めた当初も、このように画面越しに達也と会話した記憶がある雫は、関係が変わるごとにこういうことをするのだろうかと少し不安に思った。

 

「深雪や水波ちゃんは?」

 

『さすがに寝てるし、ここは俺の部屋だ。気にする必要は無い』

 

「そっか……達也さん、明日時間ある?」

 

『……午後からなら問題ない』

 

「今の間はなに?」

 

 

 達也の事だから即答出来ると思っていた雫は、不自然に開いた間に引っ掛かりを覚え尋ねる。ほのか程ではないが、最近の雫は達也に依存し、そして独占したいという欲が前面に出てきているのだ。

 

『FLTの方で外せない会議があってな。早く終わったとしても午後からしか時間が取れないという意味だ』

 

「達也さんがいないと出来ないの? その会議」

 

『これでも一応責任者のような立場だからな……抜けるわけにはいかない』

 

「じゃあ、私も一緒に行く。達也さんがお仕事してる姿、見てみたい」

 

 

 この発言には、さすがの達也も呆気にとられたようで、雫の発言を自分の頭の中で処理するのに時間を要した。

 

『来ても面白くないぞ? 本当に会議だけで、何かを作るわけでも、実験するわけでもないんだが』

 

「別に面白さは求めてないよ。達也さんと一緒にいたいだけだから」

 

『まぁ、第三課のみんなは雫の事知ってるし、問題は無いんだが……』

 

「? 別の問題があるの?」

 

 

 達也の言葉から、第三課以外に問題があると理解した雫は、躊躇うことなくそこに切り込んだ。

 

『定例会議があるとかで、明日は親父があの建物にいるんだ。鉢合わせしたときに面倒になるから、出来る事なら雫は会わない方が良いと思ってな』

 

「大丈夫だよ。そもそも、達也さんのお父さんじゃなかったんでしょ?」

 

『まぁ、そうだが……』

 

「だから、大丈夫」

 

 

 根拠の無い自信だと達也は思ったか、こうなった雫を説得するのは達也でも難しい。彼は諦め、迎えに行く時間を告げて通信を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三課に雫を連れて行くと、案の定研究員たちから冷やかしの洗礼を受けた。

 

「御曹司! 今日は奥様もご一緒ですか」

 

「羨ましいですね、こんな可愛らしい婚約者がいるなんて」

 

「……牛山主任はどちらに?」

 

 

 冷やかしに対して冷ややかな目を向ける事で対処し、目的の人物の所在を尋ねる。

 

「主任でしたら、本部長との面会で少し遅れると言伝を預かっています」

 

「本部長? それって深雪の?」

 

 

 雫の質問に、達也は目で頷いて答える。彼が雫を会わせたくないと思う人物であり、雫も会ってみたいとは思わなかった人物だ。

 

「ひょっとしたらここに来るかもしれませんよ」

 

「本部長が何の御用で第三課に顔を出すのでしょうか?」

 

「ここ最近の成果を労ってくださるのではないでしょうか? ループキャストに始まり、飛行魔法に完全思考操作型CADと、FLTの利益の半分近くはこの第三課が――いえ、御曹司が発表したシステムが組み込まれたCADの売り上げですからね」

 

「本部長の立場とすれば、そのような状態に頭を悩ませてるかもしれませんね。奥さんの仕事も、部署のバランスを取る感じですし」

 

 

 達也の皮肉に、第三課の研究員の表情が明るくなる。今まで冷遇されてきた経験からすると、本部長を困らせている現状は至福の時なのだ。

 

「いや~、すいやせん、御曹司。遅れやした」

 

「事情はお聞きしてますし、本部長からの呼び出しを無視するわけにもいきませんから」

 

「そう言っていただけるとありがてぇです。早速会議をはじめましょうや」

 

「そうですね」

 

「おや、今日はお姫様ではなく奥様同伴なんですね」

 

「深雪は本部長に会う可能性があると分かってましたから。会えば確実に喧嘩になる、と」

 

 

 雫はそこまで深雪と親の仲が悪いとは思っていなかったので、表情に出ない程度に驚きを覚えた。自分と両親の仲は良好なので、なんだか申し訳ない気持ちにもなっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議は達也の見立て通り長引き、終わったのは午後二時を過ぎてからだった。

 

「申し訳ねぇです、御曹司。俺らの理解力が低かったせいで、こんな時間に」

 

「構いませんよ。元々会議で一日潰れると覚悟してましたから、この時間でも十分早いです」

 

「御曹司が考える事は、俺ら凡人には理解しにくいんですよね」

 

「牛山さんが凡人だというのであれば、世界中の何割が優秀な研究者なんでしょうね」

 

「あー、やめやめ! 御曹司には敵わねぇですよ」

 

 

 牛山との冗談の言い合いで達也が笑みを浮かべているのを見て、雫も楽しい気持ちのなってきた。そんな時、第三課と廊下を繋ぐ扉が開き、背広の男性が入ってきた。

 

「ほ、本部長!? こんな場所にどのようなご用件で?」

 

「達也が来ていると聞いてな。少し話がある」

 

「何でしょうか。今日は深雪は来ていませんが」

 

「ああ、お前に話がある。そちらのお嬢さんも、悪いが来てくれ」

 

 

 達也が雫を庇うように左手を彼女の前に出し、そして龍郎を睨みつけた。

 

「話ならここでお伺いしますよ」

 

「……そうか。私が言いたい事は一つだけだ」

 

 

 達也の視線に怯みもせず、龍郎は雫に視線を向ける。

 

「このお嬢さんと幸せにな。私のように、政略結婚ではないのだろ」

 

「貴方に言われる必要はありません」

 

「そうか」

 

 

 達也の返答に何を思ったのかは、第三課の人間にも、雫にも分からない。だが龍郎は今まで見た事ないような表情を浮かべ、そして第三課から去って行った。

 

「達也さん、今のは?」

 

「さぁな。それより、そろそろ出かけるとしようか。本当は明日渡そうと思ってたんだが、一緒に取りに行くか」

 

「何を?」

 

「婚約指輪」

 

 

 素面で告げる達也とは対照的に、雫の顔は真っ赤に染まったのだった。




はんぞー君×あーちゃんは作者様的にもありだったのだろうか……

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