婚約者として司波家で生活するか、新居が完成するまで自分の部屋に達也を招くかで悩んだエリカだったが、深雪から達也を遠ざける為に千葉家の離れに達也を招き入れ、四葉家が新居を用意するまでの数週間から数ヶ月を二人で過ごす事にした。
「達也くんのお陰で、あの行き遅れ陰険女に一泡吹かせる事が出来たし、馬鹿兄貴を助けてくれたことで、千葉家も安泰だし、感謝してもしきれないわね」
「千葉寿和警部を助けたのは俺じゃないけどな」
「でも、達也くんが口添えしてくれたから、四葉家の人が動いてくれたんでしょ?」
「顧傑の戦力として使われるのも面倒だったし、あれくらいは動いてくれないと困ったからな」
達也としては、寿和を助けたという感覚ではなく、顧傑の戦力を削ったという感覚の方が大きいので、エリカにお礼を言われる覚えはないのだ。
だが、結果として寿和を顧傑の魔の手から救い、ついでに稲垣も救ったのだから、千葉家としては達也に頭が上がらなくなってしまったのだった。
「まぁ、あたしが達也くんのお嫁さんになるから、少しは気が楽になってるのかもしれないけどね」
「別に恩を着せるつもりも無かったがな。何かあったら手を貸してくれれば、それで十分なんだが」
「四葉家の次期当主からのお願いなんて、怖くてたまったもんじゃないわよ」
「そうか? 別に四葉家の人間だからって、年がら年中厄介ごとに巻き込まれてるわけじゃないんだが」
「達也くんの高校生活を思い返せば、それが嘘だって思っちゃっても仕方ないんじゃない?」
入学早々のテロリスト騒動に始まり、無頭竜の九校戦への妨害、大亜連合の横浜襲撃に吸血鬼騒動、学年が代わり新入生とのやり合いに九島家の乱心、京都での周公瑾との決着に先の顧傑捜索と、エリカが知っているだけでもこれだけの騒動に巻き込まれているのだ。達也の言葉が嘘だと勘ぐってしまっても仕方ないだろう。
「ほんと、達也くんといると退屈しないわね」
「そんなものか?」
「そうよ」
二人きりの時間を過ごしてたエリカだったが、離れに来客を告げるインターホンが鳴り響いた。
「誰よ? って、次兄上!?」
「修次さん、帰って来てたのか」
「昨日帰ってきたのよ……って、あの女も一緒なのね」
モニターには修次の後ろに摩利が立っているのが映っていた。エリカは摩利の姿を確認した途端、不機嫌な表情を浮かべたのだった。
「やあエリカ、ただいま」
「おかえりなさいませ、次兄上。帰宅早々さっそくその女を連れ込んだのですね」
摩利の方には一切目を向けず、エリカは嫌味を言う。容赦のない嫌味に、修次は顔を引き攣らせていた。
「エリカも彼と婚約したんだし、僕たちも籍を入れようかと思ってね。今日は親父にその挨拶をしてきたんだ」
「そうでしたか。わざわざ私にまで挨拶に来たのですか?」
「摩利はエリカと達也くんの先輩にもあたるからね。一応挨拶しておいた方が良いだろうと思って」
部屋の端に立っている達也に視線を向けると、達也は目礼を返した。
「兄貴がこの道場を継ぐだろうから、僕もこの家を出て行こうかと思ってるんだ。だからエリカにも教えておこうと思って」
「そうでしたか。次兄上でしたら、この道場でも立派にやっていけると思いますが、そのようなお考えでしたら私は止めません。どうぞそちらの女とお幸せに過ごしてください」
取り付く島もない態度に、修次も摩利も苦々しい表情で離れを去って行った。
「いいのか? 修次さんと気まずくなるんじゃないか?」
「別にいいわよ。次兄上はあの女とよろしくやるんでしょうし、あたしには達也くんがいるから」
「エリカは完全に千葉家から出るから、この離れを二人に使わせたらどうだ? 修次さんはこの家にいた方が都合がいいだろうし」
「それもそうなんだろうけど、あたしが使ってたこの部屋をあの女が使うかと思うと、なんかイライラするのよね」
「まだ渡辺先輩との関係は変わらないのか」
一年の時に見た、エリカの摩利に対する態度は、明らかに摩利の事を認めない感じだった。それは今も同じで、エリカは先ほども一切摩利に視線を向ける事無く会話を終わらせたのだった。
「次兄上は本当に強かった。でも、あの女と付き合いだしてから、純粋な剣技ではなく魔法を組み込んだ剣術に路線変更したのよ。千葉の麒麟児と呼ばれていた時より、若干ではあるけど強さに陰りが出来たの。あたしはそれが気に入らなかったのよね」
「千葉の剣士としてか?」
「どうだろう。ただ単に次兄上を取られた事が気に入らなかっただけかもしれないわね、今思うと」
エリカも心のどこかで分かってはいたのだろうが、今まではその事を認める事は無かった。だが今は、はっきりとそうなのかもしれないと思っているのだった。
「達也くんのお陰で、あたしがあの女を嫌ってた理由がはっきりしたわ。あたしは、渡辺摩利に次兄上を取られたのが気に入らなかったのよ」
「これからは義姉妹になるんだから、もう少し穏便な付き合い方を心掛けないとな」
「義姉妹になろうが、あたしの方が剣術の腕は上なんだから、下手に出るつもりはないわよ」
「そういう問題か?」
「だって、深雪とも決着つけなければいけないんだから、渡辺摩利にかまけてる暇なんてないわよ。だから、少し甘えさせてね」
そう言ってエリカは達也に抱き着き、安心しきった表情で眠りに落ちたのだった。
「やれやれ、今の深雪の現状は、エリカが渡辺先輩に向けていた感情と同じだと理解していないらしいな」
腕の中で眠るエリカの髪を撫でながら、達也はそう呟いたのだった。
何処となくエリカが猫っぽくなったな……