執念で魔法大学に合格はしたが、どうしても自信が戻らず、周りと比べて劣っているのではないかという不安が付き纏った結果、小春は大学を辞めてしまった。周りからは続けた方が良い、まだ周りと比べて落ち込む時期ではないと説得されたのだが、達也だけは小春の好きにすればいいと言ってくれたのだった。
「いや~、奥様の技術力は俺たちでも敵いませんや」
「そんな事ないですよ。牛山さんや第三課の皆さんから色々と教わった結果、こうして力になれているんですから」
「元の素材が良くなきゃ、いくら教えても数週間でここまで立派に働けやしませんぜ? 何でそんなに自分を卑下するのかは知りやせんが、自信を持った方が良いですぜ」
魔法大学を辞め、大人しく四葉家に入るつもりだった小春を、達也は第三課に連れて行き、彼女が本来目指していた技術者として育てる事にした。もちろん、達也が育てるのではなく、牛山や第三課の研究者たちが色々と教えていくのだが。
「それにしても、御曹司の奥様だっていうから、もっと自信家かと思ってやしたが、随分と俺たちにも気さくに話しかけてくれますね」
「牛山さんは俺の事を何だと思ってるんですか」
「これはこれは御曹司……いらっしゃってたんですかい」
達也がいないと思って発言した牛山の背後に、音も無く近づいていた達也が声を掛けると、さすがの牛山もゾッとした表情を浮かべてたのだった。
「小春さんの様子はどうですか?」
「実にイキイキと作業してますぜ。元々こういった作業が好きだってのもあるんでしょうが、それ以上に努力してたのが作業を見て分かりやすぜ。普通に技術者としてほしいくらいでさぁ」
「やはりそうですか……」
「いったい奥様に何があったんですかい?」
牛山は小春の事情を達也に尋ねる。その会話が聞こえたのか、小春の肩がビクッと震えた。
「小春さん、話しても?」
「えぇ……もう、過去の話ですから」
「いや、無理に聞き出そうとは思ってませんので、奥様が嫌なら別に良いんですが」
「いえ……いつまでも捕らわれてちゃいけないって分かってますし、小早川さんは防衛大学で必死に勉強してますから」
自分が気づけなかったせいで、魔法大学に進学出来なくなってしまったと思い込んでいるのか、小早川の名前を出すだけで小春は震えだした。
「牛山さん、ちょっと部屋を変えましょう」
小春を気遣った達也は、牛山を別の部屋へと誘導し、小春の過去を牛山に話した。
「そりゃあ……技術屋にとってはトラウマですわな……しかし、悪いのは奥様ではなくその犯罪組織の人間ですよね?」
「頭では分かっているのでしょうが、堕ちていく小早川先輩を間近で見てたわけですから」
「トラウマばっかりは、御曹司の魔法でも分解出来やせんものね」
「小早川先輩の方は、何とか回復させることは出来ましたがね……結局魔法を使おうと思えるまでは回復しませんでした。そのせいで小春さんのトラウマが加速したみたいですからね」
「まぁ、御曹司が幸せにしてあげれば、万事解決でさぁ。ちゃんと幸せにしてあげるんですぜ」
達也をからかうような笑みを浮かべる牛山に、達也は苦みが強い笑みを浮かべたのだった。
大学進学と共に実家を出て一人暮らししていた小春は、達也の婚約者として決まってからもこの部屋で生活していた。
四葉家が新居を用意するまでの間だけ延長したのだが、今はこの部屋には達也も一緒に住んでいる。
「司波くんって四葉家の御曹司ってだけじゃなくって、あの会社の次期トップ候補でもあったんだね」
「まぁ、本部長の娘が深雪ですからね。その兄として育てられていたという事が大きな理由だったんですが、今では第三課の人たちが俺をトップに、と動いてるようですから」
第三課だけではなく、他の部署からも達也をトップに、という声が上がり始めている。それは龍郎の息子だから、という理由ではなく、実績を積み重ねていても偉ぶらない態度と、第三課の人間たちを駒ではなく仲間だと公言しているからである。
「小春さんはどうしたいですか? もうしばらく第三課で働いてみますか?」
「そうね……大学も辞めちゃったし、部屋にいても昔の事を思い出しそうだしね」
「小早川先輩は気にしてないと言っていたじゃないですか」
「これは私の心の問題なのよ……小早川さんが許してくれても、私は私を許せない。司波くん――達也くんは司波さんのCADに細工されたのを見抜けたけど、私は見抜けなかった。そのせいで小早川さんの人生は狂ってしまった。本来なら魔法大学に進学するはずだったのに、防衛大学に進学する事になってしまった……」
「小早川先輩は、卒業と同時に軍が採用してくれることが決定してますので、本当に気にすることは無いと思いますよ」
「でも、不安なのよ……私が研究者として勤めたとして、また誰かに魔の手が襲いかかるんじゃないかって……」
「あくまでアルバイトです。小春さんは変に気負わず、責任は俺に背負わせていれば良いんですよ。何かあれば、俺がその相手を片付けますから」
達也の言葉に少し気が楽になったのか、小春の表情が若干明るくなった。
「それじゃあ、達也くんが高校卒業するまでの間は、第三課でアルバイトするわね。それで、達也くんが卒業したら、今度は跡取りを作れるように頑張るわね」
「……母上に何か吹き込まれたんですか? 小春さんはそういうキャラじゃないと思ってましたが」
「だって、私は達也くんに救われてここにいるんだもの。だから、達也くんの為になれるようにしなきゃって思っただけだよ」
少し恥ずかしそうにしながらも、小春は満面の笑みを浮かべた。その笑みを見て、達也は仕方ないかと思い、小春の笑みに応えたのだった。
技術力は十分ですからね……