劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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説明が長い…


飛行魔法と対抗魔法

 シルバーの事で興奮していたあずさだったが、真由美の一言で現実に戻ってきた。

 

「そう言えばあーちゃん、昼休みの間に課題を終わらせるんじゃなかったの?」

 

「会長~」

 

 

 泣きそうな――実際に涙目にはなっていたが――声で縋るように真由美を呼ぶあずさを見て、達也はあずさが大分煮詰まってるんだなと感じた。

 

「そんな情けない声出さないの。少しくらいなら手伝ってあげるから。それで、課題はいったい何なの?」

 

 

 摩利が「相変わらず甘やかしてるな」と言いたげな視線を向けたが、真由美はその事に気付かないフリをした。

 

「スミマセン……実は『加重系魔法の技術的三大難問』についてのレポートなんです……」

 

 

 シュンと俯いたあずさに、鈴音、摩利、達也の視線が集中する。その結果あずさは何かに弾かれたように顔を上げる。

 

「な、なんですか?」

 

 

 今にも泣きそうなあずさに、鈴音と達也は罪悪感を感じて視線をそらしたが、摩利だけが面白そうな顔のままあずさを見つめていた。

 

「毎回上位五名から落ちた事のない中条が悩んでるからどんな課題かと思ったら」

 

「毎年必ず一回は出題される定番のテーマじゃないの」

 

 

 摩利のセリフを引き継いで真由美が続けた。

 

「それであーちゃん、今回の設問は?」

 

 

 定番だけあって設問のバリエーションも出尽くした観があるくらい豊富にストックされている。校内の課題だけでは無く魔法大学の入試にも出題されるくらいなので、大抵の参考書には答えが載っているのだ。

 

「課題の内容は『三大難問』の解決を妨げてる理由についてです。他の二つは分かったんですが、汎用型飛行魔法が何故上手く実現出来ないのかが上手く説明出来なくて……」

 

 

 それを聞いて鈴音が納得したように頷いた。

 

「つまり中条さんはこれまで示された回答に納得がいかない訳ですね」

 

「そうなんですよ! 重力に逆らって自分の身体を浮遊させる魔法は現代魔法が確立された当初から実用化されてますよね。それなのに如何して飛行魔法……空を自由に飛びまわる魔法は実現出来ないのでしょう?」

 

「正確には誰にでも使える定式化された飛行魔法が何故実現されないのかですね。古式魔法の使い手には少数ですが飛行魔法を使える人が居るようですし」

 

「でもそれはBS魔法師の固有スキルに近いものです。共有出来なくては技術とは言えません。実際に跳んだり撥ねたりする魔法は技術として定式化されているのに、何故空を飛ぶことは出来ないのか……」

 

「その設問に対する答えは、少し高度な参考書になら大抵載ってるだろ」

 

 

 摩利の問いかけに、あずさは参考書に載っていた答えを諳んじた。

 

「何だ、あーちゃんもちゃんと分かってるじゃない。それなのに何をそんなに悩んでたの?」

 

「これって結局魔法が作用中の魔法に掛けようとするのが問題なんですよね? だったら作用中の魔法をキャンセルしてから新しい魔法を発動すれば良いと思うのですが」

 

 

 あずさの考えを鈴音が冷静に分析して否定する。興奮気味だったあずさも鈴音の冷静な対応に我を取り戻したように再び俯いてしまった。

 

「ですが、面白いアイディアですね」

 

「でも、それなら既に誰かが試してるんじゃないの?」

 

 

 自分でも何か考えていた真由美が、ふとそんな事を言い出した。恐らく真由美自身も飛行魔法の実現を夢見ているのだろう。

 

「少々お待ちを……ありました。一昨年イギリスで大規模な実験が行われています。コンセプトは会長が仰った通り事後的領域干渉による飛行魔法実用化です」

 

「それで結果は!」

 

 

 興奮を隠しきれないような勢いで真由美が鈴音に問う。

 

「完全な失敗ですね。普通の魔法を連続発動する時よりも急激な要求干渉力の上昇が認められたとレポートにはあります」

 

「そう……理由は書いてある?」

 

「いえ、そこまでは……会長は如何思います?」

 

 

 鈴音に反問され、真由美は困ったように顎に指を当てて考える。

 

「先行する魔法の作用は止まってるわよねぇ……達也君は如何思う?」

 

 

 真由美が達也に問うたのは何も本気で解を求めた訳では無い。ただ自分の考えを纏める時間が欲しかっただけなのだ。

 

「市原先輩が挙げられたイギリスの実験は基本的な考え方が間違っています」

 

 

 だから達也から返された断定口調の答えは、完全に真由美の意表を衝くものだった。

 

「……何処が間違ってるの?」

 

「終了条件が充足されていない魔法式は時間経過により消失するまで対象エイドスに留まります。新たな魔法で先行魔法の効力を打ち消す場合、先行魔法は消失してるように見えますが、それは見掛けの上だけです。仮に効力を打ち消される魔法式を魔法式Aとして、打ち消す魔法式を魔法式Bとしましょう。魔法式Bを発動する事で魔法式Aは事象改変の効力を失います。しかし効力を失っただけで依然として対象エイドス上に残っています。魔法式Aと魔法式Bは対象エイドスに対して同時に作用し続けており、単に魔法式Bの効果が表に出てるに過ぎません。そもそも魔法式は魔法式に作用出来ません。それは領域干渉も同じです。魔法式を直接消し去る魔法でも無い限り、対抗魔法であってもこの原則の例外ではありません」

 

「……イギリスの実験では飛行魔法に必要ない魔法を掛けちゃってるって事?」

 

 

 真由美の質問に頷き、達也は説明を続けた。

 

「つまり一回の飛行状態の変更の為に、魔法式を一回余分に上書きしてるのです。飛行状態の変更の度に余分な上書きは蓄積されて行きますから、事象干渉力の上限に到達するのが早くなるのは当然です。これを企画したイギリスの科学者は、対抗魔法の性質を錯覚してたのでしょうね」

 

 

 真由美、鈴音、あずさ、摩利に食い入るように見つめられていた達也だったが、ポーカーフェイスのまま説明を終え、予鈴代わりにセットしていた携帯端末のアラームがなったので席を立った。

 

「深雪、教室に戻ろうか」

 

「はい、お兄様」

 

 

 達也が説明をしている間、深雪はずっと端末に向かって作業をしていた。他の人は達也の説明に集中していたから気付かなかったが、深雪の指が嬉しそうにキーボード踊るように叩いていたのを、達也だけが気付いていた。

 

「中条先輩、今の説明で納得出来ましたか?」

 

「え、えぇ……ありがとうございます、司波君」

 

「いえ、それではまた放課後に……それから会長、あまり行儀が良く無いので頬杖は止めた方が良いですよ」

 

「へ? ……そうね」

 

 

 無意識だった事を指摘され、真由美は間の抜けた声を上げ恥ずかしそうに腕を下ろしたのだった。




此処も重要だったのでカットは少なめ…いつ九校戦本番に入れるのやら…

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