卒業しても身体を鍛えるために剣道部に顔を出しているのだが、それも三月いっぱいで止める事にした。四月からは防衛大学で稽古をつけてもらえるので、一高に顔を出す暇が無くなるからだ。
「お疲れ様です」
「達也くん、お疲れ様。相変わらず君の人気は凄いのね」
「俺は付き添いのはずだったのですがね」
一時期とはいえ剣道部の部長を務めた経歴がある達也は、同級生から指導してほしいと頼まれ、紗耶香以上に剣道部員に囲まれていたのだった。
「桐原先輩や三十野先輩の姿も見受けられましたが、あの二人は剣術部の方ですしね」
「桐原君も三十野さんも一緒に四月から防衛大学で稽古するから、こっちに顔を出せるのも後僅かだものね。後輩にみっちり指導してるんじゃない?」
「まさかあの二人がお付き合いする事になっていたとは」
自分の事で手一杯だった達也は、桐原と三十野が付き合い始めた事を知らなかった。とはいえ、前から仲は良さそうだったので、意外という感じではない。
「二年の時に桐原君の事を振ったけど、なんだか複雑な気分よ」
「弟を取られた感じですか?」
「うーん……それに近いのかもしれないわね」
紗耶香は、桐原の告白に対して「弟のようにしか思えない」と答え断ったのだ。それ以降桐原の事を手のかかる弟のように感じていたので、達也の指摘はあながち間違えではなかったようだ。
「それにしても、達也くんが四葉の次期当主だったとはね……」
「別に隠してたわけじゃないんですが」
「知ってるわよ。去年の大晦日まで、達也くんじゃなくって深雪さんが候補だったんでしょ」
紗耶香の言う通り、達也は去年の大晦日までは深雪のガーディアンでしかなかった。もっとも、自分が深夜ではなく真夜の子であることは知っていたので、もしかしたらサプライズがあるかもしれないとは思っていた。だが、そのサプライズも、自分が深雪の婚約者になるのではという予想だったので、その予想を遥かに超える事実に、達也も多少戸惑ったのだ。
「そして私もいきなり四葉家次期当主の嫁という立場になるわけだしね……魔法力で選ばれなくて良かったわよ」
「紗耶香さんだって剣術の腕と共に、身体を動かすのに必要な魔法をコントロール出来るように訓練してたじゃないですか」
「横浜の時、桐原君や三十野さんの足を引っ張るしか出来なかったからね。だから、私ももっと魔法を使えるようになりたいって思ったの」
「それで剣道部と剣術部の交流が深まったわけですね」
「向こうの部長が桐原君だったし、互いに得るものは多かったしね」
桐原や三十野が剣道部で身体を鍛えてたように、紗耶香は剣術部で魔法を練習してたのだ。その結果、純粋な剣の技術が向上した桐原と三十野、二科生の中でも大分上に位置するまでに成長した紗耶香と、互いに成長したのだった。
「とりあえず、今日は家に帰りましょう」
「そうですね。向こうはまだ終わりそうにないですし、また顔を合わせるでしょうしね」
「そうね。私は四月からも顔を合わせるんだし、しんみりする必要は無いものね」
桐原と三十野はまだ稽古を続けるようだったので、達也たちは声を掛けずに第二小体育館を後にしたのだった。
達也たちは今、紗耶香が借りた部屋で生活している。卒業と同時に一人暮らしを始めるつもりだったのが、いきなりの同棲となったが、特に緊張などはせず生活しているのだった。
「達也くん、何か食べたいものはある?」
「特にはありません」
「もう、そればっか……せっかく作ってるのに、達也くん美味しいとも不味いとも言わないから張り合いないのよね」
「味に文句をつけられるほど、俺は料理出来ませんので」
作ってもらってる立場なので、達也は味に文句をつける事はしない。あまりにも味付けが濃かったりしたら、口に入れた途端に余分な刺激は分解しているので、特に問題なく食べる事が出来るのだ。
「お父さんなんて、自分で作ったりしないのに文句ばっかり言うから、男の人ってそれが普通なのかと思ってた」
「そうなんですかね? 俺も平均的な男性がどんな反応をするのか分からないので、何とも言えませんが」
「えっ? 達也くんのところはお父さんが文句言ったりしなかったの?」
「俺は自分の父親が誰か知りませんし、深雪の父親は後妻の家に入り浸っていたので、全然印象などありませんので」
「あっ……ゴメン」
すっかり失念していた事を反省し、紗耶香はしょんぼりと俯いた。達也は特に気にしていないし、気にすることが出来ないが、紗耶香はそうはいかなかった。
「私、無神経だったわね……」
「紗耶香さんが謝る必要はありませんよ。それに、本当に気にしてないですから」
「達也くんが気にしなくても、私は気にしちゃうのよ……こういう時、剣道で鍛えた精神力なんて役に立たないのよね……」
「俺が気にすることが出来ない分、紗耶香さんが気にしてくれてるんです。そのお陰で、俺は救われてるんですよ」
達也の優しい言葉に、紗耶香は首を左右に振る。
「そうやって、達也くんが優しくしてくれるから、私は何時まで経っても無神経な発言を繰り返しちゃうの……だから、時には冷たく突き放してよ」
「出来ませんよ。俺は、本当に紗耶香さんが好きなんですから」
「バカ……」
不意打ちの告白に、紗耶香は顔を真っ赤に染め上げる。だが、後ろからタツヤに抱きしめられ、耳元で告白されたのが嬉しかったのか、紗耶香の機嫌はあっという間に元に戻ったのだった。
桐原にはオリキャラを