何故自分が選ばれたのか、それがずっと不思議でならなかった。これが姉の真由美だったら、香澄も特に疑問に思わなかっただろうが、然して付き合いが長いわけでも、姉のように強い魔法力があるわけでもないのに、こうして四葉家次期当主の婚約者として選ばれてしまった事が、不安で仕方なかったのだった。
「香澄さま、何か考え事でしょうか?」
「桜井さん……さまは止めてよ。クラスメイトでしょ」
「ですが、私は四葉家に仕える身、達也さまの婚約者となると、今まで通り接する事など出来ません」
「今は僕と桜井さんしかいないんだし、何時も通りでいいよ」
香澄としても、水波の立場は理解している。だから人前でも何時も通りを強要する事はしない、だが、今だけは水波と普通に会話したい気分だったのだ。
「分かりました……それで、香澄さん。何か悩み事ですか?」
「うん……何で僕が司波先輩の婚約者に選ばれたのか、それがずっと疑問なんだ」
「何故、と言われましても……香澄さんが達也さまの婚約者に立候補され、ご当主様をはじめとする四葉家の人々が香澄さんを達也さまの婚約者として相応しいと判断されたからでは?」
「そこじゃないんだけどね……」
若干ズレた回答に、香澄は苦笑いを浮かべる。婚約者を選ぶ過程を聞きたかったのは確かだが、聞きたかったのはそう言う事ではなかったのだ。
「僕以外にも、沢山の人が候補としていたわけでしょ? その中には僕以上に司波先輩にお似合いな人もいたはずなのに、僕が選ばれた理由を知りたかったんだ」
「そうですか。それでしたら、達也さまに直接お聞きになるのが一番だと思いますよ。達也さまが、最終的に誰を婚約者として迎え入れるかを決めたのですから」
「それが出来れば苦労しないって! 桜井さんだって、聞くことが怖いって感じる事があるでしょ?」
香澄に同意を求められ、水波は困った表情を浮かべる。香澄のように何かを聞くことを躊躇うという感情が、彼女には無かったからだ。
四葉家の技術により生み出され、四葉家の為に働く。どんな指示だろうが成し遂げる為だけにこの場にいる、というのが当たり前になってしまっているので、命令の意図などを聞く事はしないのだ。例え聞いたとしても拒否する事は出来ないので、無駄な事を避けていたらそのようになってしまっていたのかもしれない。
「とにかく、香澄さんの疑問は、達也さまに直接お伺いするしか解決出来ませんよ。何時までも不安に思っておられるのでしたら、私が達也さまにお聞きしましょうか?」
「……いいよ、自分で聞いてみるから。わざわざ僕の愚痴に付き合ってくれて、ありがとう」
「いえ、これも私の務めですから」
軽く会釈をしてから、水波は香澄と話していた間に出来なかった作業をするために素早く香澄の前から去っていった。
「今夜、司波先輩に聞いてみなきゃ……」
残された香澄は、そう決意を胸に、リビングでボーっとするのだった。
覚悟を決めたからと言って、そう簡単に聞けるのなら誰も苦労しない。香澄は達也のベッドの上でどうやって切り出そうか悩んでいた。
「司波先輩の事だから、聞けば普通に答えてくれそうだけど……」
達也が答えを渋るとは香澄も思っていない。だが、淡々と答えられるのもまた恐怖の対象だったりするのだ。その答えがどんなものであろうと。
「司波先輩、お聞きしたい事があります。……ちょっと違うかな?」
どう質問を切り出すかで悩む香澄は、声に出して確認していた。
「司波先輩、どうして他の人じゃなくって、僕を婚約者に選んだんですか? ……これかな」
しっくりくる質問の切り出し方を見つけ、香澄は小さく頷いて達也が部屋に来るのを待った。
「どうしてと言われてもな」
「うわぁ!? し、司波先輩……いつの間に」
「最初からいたんだが、香澄が真剣な顔をしていたので声は掛けなかったんだ」
「だからって、気配を消して僕の後ろにいる事ないじゃないか! あーびっくりした」
聞かれていたドキドキを、背後に達也がいたからという理由にすり替えて、香澄はもう一度達也に質問するために選んだセリフを告げた。
「どうして他の人じゃなくって、僕を婚約者に選んだんですか? 司波先輩はロリコンなんですか?」
「酷い言われようだな……てか、自分で言っていて情けなくないのか?」
「実は、少しだけ……」
そこまで幼児体型ではないにしても、真由美と比べれば霞んでしまう。香澄は自分の体形をそう評価していたのだった。
「香澄を選んだ理由だが」
「うん」
「まず家柄は申し分ない。これは分かってるな?」
「一応十師族だもんね」
先の師族会議で、父親が何かをやらかした事は知っているので、香澄はあえて「一応」という言葉を使った。
「魔法力も十分だし、何より七草先輩のように何かを仕掛けようという動きが見られない。結婚生活にトラップは必要ないからな」
「……つまり、お姉ちゃんが大人しかったら、僕じゃなくってお姉ちゃんが選ばれてたってこと?」
「どうだろうな……俺は七草先輩より香澄の方が愛おしく思えるんだが」
「そ、そうなんだ……ふ~ん……」
照れている事を誤魔化そうと、必死になって顔を背ける香澄。だが、達也には香澄が照れている事は顔を見なくても分かってしまうのだった。
「水波に相談してたようだが、気にする必要は無い。俺は香澄を選んだんだから」
「はっきり言われると、それはそれで恥ずかしい……でも、僕ももっと相応しく思われるように頑張るから」
不安が解消したからか、香澄の表情はいつも以上に明るかったのだった。
水波と香澄は、良い関係ですね