ガーディアンがいなくなり、一人暮らしになっていた部屋に新たな住人がやってくる。ただしそれは新しいガーディアンではない。というか、もう夕歌にはガーディアンを付ける必要が無い。
「暫くお世話になります」
「このままここで生活しても良いんだけどね」
「さすがにそれはダメでしょうね」
「達也さんの立場を考えれば、ここより四葉家が用意する家の方が安全でしょうしね」
夕歌の部屋で生活する事になった達也は、必要最低限の荷物だけ持って部屋を訪ねてきた。既に生活してる人間がいるので、衣服や達也の私物以外は特に必要ないのだ。
「それにしても、達也さんの荷物、結構あるわね」
「色々と人に言えないものがありますからね」
「まぁ上がって。お茶くらい出すわよ」
婚約者と言われても、未だにピンと来ていないのか、夕歌は実に何時も通りのやり取りをしていた。
「いえ、これから第三課に顔を出さなければいけませんので、荷物の整理だけしたらすぐに出ます」
「そうなの? なら、手伝うわ」
「これくらい自分で出来ますよ」
「良いから。せっかく達也さんとこういう関係になれたんだから、少しくらいそれらしいことさせてよ」
荷物の整理が婚約者らしいのかどうか、達也には判断しかねる事だったが、夕歌が楽しそうだったので口を挿むことはしなかった。
「こっちは私の手には負え無さそうね」
「夕歌さん、研究とか苦手でしたっけ?」
「普通かな……でも、こんな精密機械みたいなもの、私が触って壊したりしたら弁償出来ないもの」
「そんな簡単に壊れたりはしませんが」
達也がそう言っても、夕歌は一切手を触れようとはしなかった。達也は苦笑いを浮かべながら、その荷物を片付け、第三課へ向かうべく部屋から出て行こうとした。
「待って。送るわよ」
「あそこは車で行くよりバイクで行った方が小回りが利くので、夕歌さんは部屋で待っていてください」
「そう……じゃあ、行ってらっしゃい」
達也を見送り、大型二輪の音が遠ざかっていくのを確認してから、夕歌はため息を吐いた。
「達也さんの事だから、特に他意は無かったんだろうけど、ちょっとくらい一緒にいたいって気持ちを酌んでくれてもよかったんじゃないかしら……」
送るというのは口実であり、夕歌はただ達也と一緒にいたかっただけなのだ。だが、達也の言う通り、あの場所は車では動きにくいのである。
「達也さん、何時帰ってくるのかしら」
帰宅時間を聞き忘れた夕歌は、愚痴のように独り言を溢し、リビングのソファに腰を下ろしたまま眠りに落ちたのだった。
夕歌が目を覚ましたのは、既に夕方を過ぎた頃だったが、部屋に人の気配は無かった。
「達也さん、まだ戻ってないみたいね」
軽く伸びをしてから、夕歌はキッチンへ移動し、食材を確認する。
「ろくなものが無いわね……一人になってからまともに料理してなかったから、仕方ないと言えばそれだけなんだけどね」
ガーディアンがいた時は、食生活にも口を出してきてたのでしっかりした食事をしていたが、いなくなった途端に夕歌の食生活はいい加減なものになっていた。
「そういうところでも、私の事を守ってくれてたのね」
今更ながらにそんなことを思うようになり、夕歌はしんみりとした気持ちになっていた。
「仕方ない、ちょっと遅いけど食材でも買いに行きましょうか」
配達を頼むにしても、この時間ではまともなものは手に入らないと考え、夕歌は買い物に出る事にした。
「さて、何を買いに行こうかしら」
駐車場に向かう途中で、夕歌は聞き覚えのある大型二輪の音が近づいてくるのに気づいた。
「お帰りなさい、達也さん」
「何処かに出かけるんですか?」
「ちょっと買い出しに……昨日までいい加減な生活してたから、冷蔵庫にろくなものが入ってなかったのよね」
「なら、付き合いますよ」
第三課から戻ってきたばかりで疲れているかもしれないのに、夕歌は達也の申し出に二つ返事で同行を願ったのだった。
買い出しから戻ってきた二人は、微妙に気まずい空気を纏っていた。その理由は、買い出し先で夕歌を良く知る小母様がたが、二人を見つけて冷やかしたのだった。
「ごめんなさいね、達也さん。あの人たち、私にガーディアンがいた時からあんな感じだったの」
「そうですか。でも、夕歌さんのガーディアンって女性でしたよね?」
「所謂男装の麗人、みたいな人だったから」
「なるほど」
達也が思い浮かべたのは、第一高校OGの渡辺摩利だ。彼女の私服も、そんな感じに見えるものだったなとふと思い出したのだった。
「前の人とは別れたの? とか、新しい彼氏は随分としっかりした体型ね、とか……私を噂話の種にしないでほしいわよ」
「前の人というのは、やはり?」
「あの人たちに、彼女が実は女だったと見抜く眼力は無かったみたいだしね」
今日は随分と彼女の事を思い出す日だなと、夕歌はしんみりとした感じになった。前に深雪に告げた気持ちは偽らざぬ本音ではあったが、寂しくないと言えばウソになるのかもしれないと、今更ながらに思い始めたのだった。
「達也さん」
「何でしょう」
「少しだけ、抱きしめてくれないかな? 泣いてるとこ、見られたくないから」
「構いませんよ」
夕歌を優しく抱きしめる達也。その優しさを受け、夕歌の我慢は限界を迎えた。
「ガーディアンは対象者を守って死んでいくものだって思ってたけど、やっぱり人だったんだ」
「ミストレスにそう思ってもらえるガーディアンは、そう多くは無いでしょうけどね」
泣きじゃくる夕歌の頭を撫でながら、達也はそう呟いたのだった。
夕歌さんのガーディアンって、どんな人だったか分からないので、摩利みたいな人を想像してみました