劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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少しは真夜さんにも美味しい思いを……


母子IFルート その1

 まだ日も昇らぬ真夜中、九重寺には珍しい来客が訪れていた。

 

「スポンサー様の次はご当主様ですか……四葉家は余程僕の事を買い被っているようですね」

 

「謙遜は結構ですわ、八雲和尚。実は折り入って頼みがあり、私自ら訪問させていただきました」

 

「入道閣下にも言ったのですが、僕は既に世捨て人なので、厄介ごとは御免被りたいのですが」

 

 

 真夜を前にしても、八雲の飄々とした表情は崩れない。だが、本気で厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしいとは思っていた。

 

「別に何かを手伝ってほしいとかではありませんので」

 

「では?」

 

「前にたっくんに掛けた秘術、あれをもう一度たっくんに掛けてほしいのです」

 

「前回は達也くんにこの事を知られていなかったから出来ましたが、彼はもうこの秘術の存在を知っています。ましてや、前回は能力が封じられていたから効きましたが、今の状態の達也くんにこの秘術が通用するかどうか」

 

「謙遜は結構、といいましたよね? 貴方ほどのものが、一度使った程度で対策を練られるとは思いませんし、いくらたっくんが優秀だからと言って、この私がバックアップする作戦に抗う術はありませんわ」

 

「やれやれ、達也くんも大変だねぇ……」

 

 

 言葉だけ聞けば、八雲は達也に同情しているように思える。だが、その顔が、その口調が、実に面白そうだという本音を隠しきれていなかった。

 

「報酬はどうしましょうか? 座布団十枚でどうです?」

 

「入道閣下と同じですね。世捨て人の僕にとって、お金など無価値ですので」

 

「なら、鍛え甲斐のある若者を数人見繕いましょうか?」

 

「別にお代は結構ですよ。僕も術の特訓になりますし、何よりあの達也くんが無垢な子供になるなんて、こんなに面白い事はありませんからね」

 

 

 ついに本音を隠すことを止め、人の悪い笑みを浮かべる八雲に、真夜は妖艶な笑みで応えた。

 

「では、お願いしますわね」

 

「心得ました。お茶も出さずに申し訳ないですが、さっそく取り掛からせていただきましょう」

 

「うふふ、これでたっくんと……」

 

 

 真夜が零した言葉に、八雲は今回の目的がどのような事を全て察し、今更ながらに達也に同情するのだった。

 

「(君は本当に厄介ごとに愛されているのだね、達也くん……まっ、その原因を作りに行く僕が言う事ではないかもしれないがね)」

 

 

 四葉家のバックアップを受け、八雲は達也の部屋に忍び込み、幼児化の秘術を達也に掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもに時間になっても達也が起きてこないのを不審に思い、部屋の前でうろうろしていた深雪に、寝耳に水な出来事が起こった。

 

「何ですって!? 叔母様が訪ねてきたの!?」

 

「は、はい……満面の笑みでリビングでお待ちです」

 

「すぐに用意しますので、水波ちゃんは叔母様のお相手を。お兄様の事も気になりますが、今は叔母様のご機嫌を損ねないようにしなければいけません」

 

「かしこまりました」

 

 

 後ろ髪を引かれる思いで、達也の部屋の前から移動する深雪を見送り、水波はリビングに戻り真夜に紅茶を差し出す。

 

「ありがとう。ところで、達也さんはまだ寝ているのかしら?」

 

「普段でしたら九重寺にお出かけになられる時間なのですが、今日はまだ起きてきていません……深雪様もご心配な様子でしたが……」

 

「大丈夫。たっくんは別に病気とかではないから」

 

 

 そう言って立ち上がり、真夜は達也の部屋の扉を、何のためらいもなく開け放った。

 

「ご、ご当主様!?」

 

「起きなさい、たっくん。お母さんが起こしに来てあげたわよ」

 

 

 そう言って達也がいるであろうベッドのシーツを剥ぎ取り、丸くなっていた達也を持ち上げる。

 

「なっ、達也さま……?」

 

「起きなさい、たっくん」

 

「うーん……」

 

 

 水波は自分が見ていることが現実なのか、はたまた夢を見ているのか分からなくなってしまっていた。間違いなくこの部屋は達也の部屋であり、そのベッドで寝ていたのだから中にいたのは達也で間違いない。

 だが、真夜に抱きかかえられているのは、五、六歳の少年で、達也だとは思えない。混乱している水波の背後に、深雪がやって来て声を上げた。

 

「叔母様、その男の子は……」

 

「今日からしばらく、たっくんは四葉家で生活してもらうわ。だから、私自ら迎えに来たの」

 

「そのお方が、お兄様なのですか?」

 

「そう言えば、深雪さんは幼少期のたっくんをあまり知らないのでしたね」

 

 

 真夜の腕の中で眠る少年を見た深雪は、鼻から熱いものが噴き出す感覚に襲われ、実際噴き出したのに気づいていなかった。

 

「深雪様、鼻血が!」

 

「興奮するのも無理はないわよね。こんなに愛らしいたっくんを見てしまったら、色々な想像をしてしまうのは女として当然の事。水波ちゃんも冷静を保っている風を装っているけど、鼻血出てるわよ?」

 

「なっ……」

 

 

 慌てて自分の鼻を拭い、自分も興奮していたのだと自覚する事になった水波は、改めて真夜の腕の中で眠る達也の姿を見た。

 

「この少年が、達也さまなのですか?」

 

「そうよ。年齢的には人造魔法師実験の被験者に選ばれたくらいかしらね。まだ感情もあった頃のたっくんは、本当に可愛かったわよ」

 

 

 達也が無邪気に遊んでいたとは考えられないが、どうしてもそういう姿を妄想してしまう。深雪と水波は、更なる愛が鼻から吹き出し、ともに眩暈を覚えたのだった。

 

「あらあら、己の限界を超えた妄想は身を滅ぼすわよ。じゃあ、数日後にはたっくんは元に戻りますし、その時になったらこの家に帰しますので」

 

 

 それだけ言い残して、真夜は司波家を後にしたのだった。




鼻血なんて縁がないですね……

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