劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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早いもので、今日から十月ですね……


母子IFルート その2

 真夜が抱きかかえている子供に見覚えが無い四葉家使用人たちは、遂に真夜が誘拐してまで魔法実験を再開するのか、などという憶測が飛び交っていた。

 だが、そんな憶測など気にした様子もなく、真夜は自室で葉山に淹れてもらったハーブティーを飲みながら慈愛顔で達也を見つめていた。

 

「皆さん、たっくんの顔を認識していなかったようですね」

 

「仕方ないと思われます。達也殿は四葉家内ではいないものとして扱われてきたお方。顔をじっくりと眺める人間はそうそうおりませんでしたので」

 

「まぁ、今のたっくんを他の人に見せるつもりは無かったからいいんだけど。それにしても、姉さんがいないっていうのに、私が人造魔法師計画を再開するわけないじゃないのね」

 

「青木をはじめ、従者たちは奥様に心酔している模様ですからな。奥様なら更なる高みを目指しているのではないかと思っておるのでしょう」

 

 

 未だに起きない達也には視線を向けずに、葉山は恭しく真夜の問いかけに答えていく。

 

「私は別に、高みなど目指していないというのに」

 

「奥様が目指していなくとも、周りの物は貴女様を崇拝し続けるでしょうし、崇拝している相手には、更なる高みを目指してほしいと思うものなのでしょう」

 

「そんなものなのかしらね……」

 

 

 そこで真夜は、先ほどから寝苦しそうにしている達也を見て、葉山を問い詰める事にした。

 

「それにしても葉山さん」

 

「何でしょうか、奥様」

 

 

 何を聞かれるのか分かっているような雰囲気だが、その事を感じさせない余裕が葉山にはある。これが青木だったらすぐに表情に出るのだろうと、真夜は改めて葉山の有能さを心の中で誉めた。だが、今口にしたいのは葉山への賞賛ではなく、達也が起きない原因だ。

 

「いくら九重八雲の秘術を達也さんに喰らわせるためとはいえ、催眠魔法が強すぎるのではなくて?」

 

「これくらいで無ければ、達也殿には効きません故。身体が縮んだ今も目を覚まさないのは、達也殿の身体能力が容姿相応になられているからだと思われます」

 

「何時になったら目覚めるのかしら?」

 

「さて、私にはそこまでは分かりかねます。ですが、魔法技能はさほど落ちていないようですので、身体が覚醒さえすれば、達也殿は目を覚まされると思います」

 

「つまり、今は意識もろとも眠りに落ちていると言う事かしら」

 

「その解釈で間違いはありませぬ。達也殿は眠りながらも深雪様をお守りしていたので、完全に眠りに落ちると言う事はありませんでしたからな。たまにはゆっくり休めて宜しいのではないかと」

 

「葉山さん、貴方面白がってない?」

 

「いえいえ、そのような事は決して」

 

 

 真夜にジト目で睨まれても、葉山の余裕は崩れない。真夜は一つため息を吐いて、達也が目を覚ますのを大人しく待つことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が半覚醒し始めて、達也は自分に魔法が掛けられていることに気付いた。

 

「(何故気づかなかった……いや、問題はそこではない)」

 

 

 強引に意識を覚醒させようとしても、何時もみたいに身体が言う事を聞かない。

 

「(余程強力な魔法を掛けられたのか……だが、それなら気配で気づくはず……)」

 

 

 頭の中で情報を整理しつつ、達也は意識の覚醒を待つ。覚醒さえすれば、己が身体に掛けられた魔法は吹き飛ばせるし、体調不良も再成でどうとでも出来る。

 

「(周りに敵意は感じない……だが、覚えのある気配が幾つか……深雪ではないようだが)」

 

 

 いつもなら一瞬でどこに誰がいるかが分かるのだが、何故か今は気配の認識が出来ずにいる。達也は自分の身に何が起こったのか分からず、更に情報を集める為覚醒しきっていない意識を外へ向け情報を得る。

 

「(この気配、母上か? そして、側には葉山さんの気配……ということは、ここは四葉家、それも使用人がおいそれと立ち入ることの出来ない場所……母上の私室か書斎のどちらかだろう)」

 

 

 何故自分が四葉家にいるのか、何故深雪の気配は無いのかなど、知れば知るほど謎が増えていく現状に、達也はため息を吐きたい気持ちに駆られた。

 

「(そろそろ覚醒が完了する。そうすれば全てわかるだろう)」

 

 

 外に向けていた意識を内に戻し、意識を覚醒させることに全神経を集中させる。

 

「(まずは催眠魔法を分解し、この身体の不調を再成で何とかする。その後で母上に何故俺をこんな場所に連れてきたのかを……ん? 身体が縮んでるような気が……)」

 

 

 ようやく目を覚ました達也の目の前には、何時もより大きく感じる真夜の顔が飛び込んできた。

 

「目が覚めた、たっくん?」

 

「母上、これはいったい……」

 

「今回は知能や喋り方は変わらないのね」

 

「今回は? 何を言って……なるほど、また師匠ですか」

 

 

 自分の容姿を見て、達也は何をされたのかを理解した。何が目的なのか、それはイマイチ分からないし、前回の事も深雪を問いただしてようやく何をされたのかを知った程度だ。

 

「記憶の混乱は多少ありますが、今回は自分の意思で動けますね」

 

「そうなの……ちょっと残念ね」

 

「残念って……何が目的なのか話していただきましょうか?」

 

「それはちょっと待ってね。えっと、これを飲めばいいのかしら」

 

 

 そう言って真夜は、見るからに怪しい液体を取り出し、そして飲んだ。

 

「それはいったい……」

 

「これ? 若返りの秘薬よ」

 

「……母上は見た目十分お若いので、薬が効いたのかどうか判断しかねるのですが」

 

「確かに利いてるわよ。何時もより肌のつやが良いし、弾力も十分だわ」

 

 

 満足そうに自分の身体をぺたぺたと触る真夜に、達也はジト目を向け問いただす。

 

「それで、俺にこんなことをした目的は何なのですか」

 

「それはね、普通の母子のような時間を過ごしてみたかったの。だから、数日は付き合ってもらうわよ」

 

「別にそれなら、普段の容姿でも十分なのでは」

 

「ダーメ。私が体験したいのは、子供の時のたっくんとの時間なんだから」

 

 

 何が違うのかイマイチ理解出来ない達也ではあったが、八雲の秘術を打ち破ることが出来ないので、大人しく従う事にしたのだった。




見た目は十分若いので、秘薬はあまり必要なかったかもですね……

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