母子の時間を満喫してきた真夜が屋敷に戻ると、血相を変えた青木が現れた。
「奥様、どちらへお出かけだったのですか!? 我々一同、奥様の姿が見えず、生きた心地がしなかったのです」
「あら、葉山さんにはどこに行くか伝えておきましたし、貴方たちのお仕事の邪魔をするわけにもいかなかったから黙って出かけたのだけど? それに、ちゃんと護衛はついていましたし」
そう言って真夜は、達也と手を繋いだままの吉見に目を向ける。恐縮しきった礼を返した吉見だったが、頭を下げた時に達也が視界に入り、口元を緩ませた。
「ところで奥様」
「何かしら、青木さん」
「あの子供はいったい? 葉山殿から『誘拐してきたわけではないので安心せよ』とお聞きしたので、とりあえずは安心しているのですが」
「見てわからない? あれは私の愛しい息子、達也さんですよ」
「なるほど、奥様の息子の……息子!! いやしかし……達也殿は来月から高校三年生のはずでは」
ものの見事に慌てふためいた青木の姿に、真夜は満足そうに微笑んだ。
「失われた時間を取り戻そうと、色々と研究していたのよ。吉見さん、行きましょうか」
「はい」
真夜に呼ばれ、吉見は手を繋いだまま達也と共に真夜の傍まで移動し、空いている反対の手を真夜が握った。
「ここがママのお家なの? おっきいね」
「もうすぐたっくんの物になるのよ」
「僕の?」
ちょこんと首を傾げる達也に悶絶する真夜と吉見。その姿を見て狼狽していた青木が更に慌てふためく。
「何事ですかな、これは」
「葉山殿、奥様が! 奥様が乱心召された!」
「やれやれ、お前にはまだ早かったようだな」
真夜の本性を見て狼狽する青木に、葉山はため息を吐いて他の従者に処理を任せたのだった。
食堂で食事を済ませた後、真夜が妙にそわそわしているのに気づいた達也は、特に気にする様子もなく問いかけた。
「ママ、どうかしたの? お腹痛いの?」
「違うわよ。ちょっとこの後の事を思うと……」
「この後? 何かあるの?」
「ご飯を食べたらお風呂に入らなきゃね」
真夜が興奮しているのだと理解している葉山は、慈しむような目を真夜に向け、同席している吉見もそれを楽しみにしているのだろうと思っていた。
「お風呂? みんなで入るの?」
「たっくんの体は隅々までお母さんが洗ってあげるからね」
「わーい」
「無邪気でよろしいですな。普段の達也殿は、邪気の塊とも思えますから」
真夜の背後に控え、孫を眺めるような目で真夜の事を見ていた葉山が、達也の無邪気さに笑みを浮かべる。
「奥様、湯の用意は整っております故、ご存分に」
「イケナイって分かってるのに、たっくんを襲いそうになるわね」
「御戯れはほどほどになさった方がよろしいかと。前回と違い、今回は記憶が残る可能性の方が高いのですから」
「つまり、たっくんに裸を見られた私は、たっくんに責任を取ってもらわないといけないわね」
「楽しそうで何よりですな」
基本的に真夜の行動に葉山がとやかく言うことは無い。だからではないが、真夜が楽しそうにしている現状に、彼がツッコミを入れることは無いのだった。
「吉見さんも、一緒に入るわよね?」
「えっ、ですが……」
「お姉ちゃん、一緒じゃないの?」
「はぅ!」
泣きそうな目で訴えて来る達也に、吉見は完全に心を掴まれてしまった。断ると泣き出すかもしれないという心配が勝り、吉見は達也と目を合わせて答えてしまった。
「もちろん一緒だよ」
「ほんと? じゃあ行こう」
「あらあら、吉見さんも子供のたっくんには敵わないのね」
「普段の状態の達也殿でも、吉見殿には勝てると思いますがな」
「それもそうね」
吉見があたふたしているのを楽しそうに眺める二人に、吉見はさらにあたふたするのだった。
お風呂での甘い時間を過ごした真夜と吉見は、少し対照的な表情で葉山の前に現れた。
「たっくんの体、普段の引き締まったのもいいけど、子供の時のもいいわね」
「見ちゃった……達也殿のすべてを見てしまった……」
「吉見さん、興味津々だったものね」
「なっ! そ、そんな事ありません。私は気にしてなど……うぅ……」
普段通りを装おうとしても、どうしても達也の体が頭から離れずに悶える吉見と、実に幸せそうな真夜を眺め、葉山はハーブティーを二人の前に差し出した。
「達也殿は、牛乳でよろしいですかな?」
「うん、ありがとうお爺ちゃん」
「ほっほ、そう呼んでくださいますか。悪い気はしませんな」
達也に祖父扱いされ、葉山は満更でもなさそうな顔で笑う。
「吉見さん、何時までたっくんを凝視してるのかしら?」
「あ、いえ……私は凝視などしておりません」
「もう屋敷なんだし、護衛は結構よ。後は寝るだけなんだから」
「ね、寝る……」
「何を妄想しているのか聞かないけど、普通に寝るだけだから」
「も、もちろんです。母子が一緒に寝るのは当然ですから」
弾かれたように部屋から出て行き、吉見は物凄い速度で廊下を走って消えていったのだった。
「おやおや、元に戻られた時、達也殿が吉見殿を使う可能性があるというのに」
「心配ないわよ。仕事モードになれば、あの事なんて気にしてる様子はないでしょうし」
「ママ、僕眠い……」
目を擦りながら真夜に訴えて来る達也。その姿に真夜の興奮は最高潮に達した。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「うん……」
達也の手を取り、ベッドに誘導する姿は、本物の母親のような雰囲気を醸し出していた。実の母親ではあるが、母親らしいことを何一つしてこれなかった真夜は、今まさに母親として目覚めたのだろう。
「奥様が幸せそうで何よりですな」
『僕にはその姿は見えませんが、元に戻った時に達也くんに怒られそうですね』
「貴方なら、達也殿に一方的にやられることはあるますまい」
『最近、魔法を絡めても危ないんですけどね』
今回の騒動の元凶二人が通信端末で会話してるのには気づかず、真夜はそのまま達也とベッドに入り、達也の寝息を聞いてまた興奮したのだった。
青木さんには早かったですね……