自分の身体が正常な働きをしていないと、眠りながらに自覚した達也は、無意識の内に自己修復術式を発動させた。
「(何だか人の気配がするな……)」
自分のベッドに人が入り込むことは滅多にないので、達也は首を傾げながら瞼を開け周りを確認する。
「母上? ……やはり昨日のあれは夢などではなく現実でしたか」
自分が着ていた服を見つけ、素早く着替えを済ませた達也は、全ての事情を知っているであろう葉山の気配を探った。
「(葉山さんは庭にいるな……母上の為にハーブを摘んでいるのだろうか)」
何をしているかは重要ではないので、達也は着替えを済ませて庭へ出ることにした。途中、従者たちが達也の姿を見て慌てふためいたが、特に取り合う事もせずに目的の人物を視界にとらえた。
「これはこれは達也殿、お早いお戻りで」
「やはり、貴方は知っているようですね」
「ここで話すわけにはいきませんので、応接室でお話ししましょう」
達也の鋭い視線をものともせず、葉山はいつも通りの態度で達也を応接室に誘う。達也も葉山相手に威圧感を与えても仕方ないと理解しているので、言われるがまま応接室まで向かう事にした。
「それにしても、八雲殿の計算では、後二、三日は元に戻らないはずでしたが」
「思考さえクリアになれば、後は自己修復でどうとでもなりますから」
「さすがは達也殿。二十四時間ではなく、それ以上遡れるわけですな」
「他人に掛けられた魔法は分かりませんが、自分の身体です。遡ることは他人より簡単ですので」
「いやはや、御見それしました。ですが、これだけは分かっていただきたいのですが、決して達也殿に危害を加えようとして今回のようなことをしたわけではございません」
葉山の言い分に、達也は頷いて先を促した。達也としても、危害を加えるつもりがあるのなら、とっくにやられていると理解しているので、葉山の言い訳は、聞くまでもなく理解していた事なのだ。
「四葉家が開発した秘薬を飲まれる前の記憶ははっきりしておりますな?」
「身体が縮み、母上が妙な薬を飲ませてきたところまでははっきりと覚えています。ですが、その後の事はあやふやですね」
「達也殿が飲まされたのは、思考が幼児化するものなのです。真夜様は達也殿と過ごせなかった時間を体験したく今回のようなことを実行したのです」
「わざわざ師匠まで巻き込んで、こんなことをしたのですか……母上にしては無駄な事をしていますね」
「真夜様は達也殿を深夜様に育てさせた事を後悔しておいででした。代理母とはいえ、深夜様は達也殿に冷たく当たり過ぎた、人造魔法師実験の被験体として達也殿を選んだことを、真夜様は後悔しておいでです。あの時、深夜様から達也殿を引き取り、能力を開放させればよかったともお嘆きになられておいででした。そして、あの時引き取っていれば、達也殿と本当の親子としての時間を過ごせたのにとも」
葉山の説明を、達也は黙って聞いていた。親子の情は持ち合わせていないが、真夜がそれだけ自分の事を想っていたのだと言う事は理解出来る。それ故に葉山の言葉を黙って聞いていたのだ。
「今回の一件、立案者は私めでございます。いかような処罰も受ける所存であります故、どうか奥様には何も言わずにいておいていただけますまいか」
「処罰も何も、結果的に自分に被害はなかったわけですから。強いてあげるとすれば、吉見さんと気まずくなりそうなくらいですが」
「実態が達也殿とはいえ、子供に見られた程度で恥ずかしがるようでは、四葉の魔法師としてどうかと思いますがね」
「素顔すら見せられない人ですから、子供とか関係なく恥ずかしいのでしょう」
「ご安心召されよ。吉見殿は達也殿に仕える身ですので、何時までも緊張しているようでは従者としての務めも出来ません故、いずれ普通に付き合う事が出来ましょうぞ」
「……つまり、吉見さんに慣れてもらうしかないと言う事ですか」
「身もふたもない言い方をするのであれば、その通りですな」
悪びれた様子もない葉山に、達也は本気でため息を吐いた。
「奥様はまだ目覚める様子もございませんので、ご自宅へ戻るのでしたら今の内ですぞ。車を用意させるので、ご自宅までお送りいたしましょう」
「駅までで結構です。少し頭の中を整理するために一人になりたいので」
「然様ですか。ちなみに、今回の一件、深雪様には何の連絡も入れておりませんので、急ぎお戻りになられた方が良いと思いますが」
「……では、車で結界の外まで連れて行ってください。後は走って帰ります」
「朝稽古を兼ねた帰宅ですか。さすがは達也殿、実に無駄のない計画ですな」
「楽しんでるところ悪いのですが、家の物でダメになったものの修理代や買い替え費は葉山さんに請求しますので」
「これは手厳しいですな。私めの収入より、達也殿の方が遥かに高い収入を得ているのに」
「そういう問題ではありませんので。それから、水波の精神的疲労に対する賃金も、重ねて請求するでしょうがね」
それだけ言い残して、達也は急ぎ自宅へと戻っていったのだった。
「行っちゃったわね」
「よろしかったのですか? 普通のお姿とはいえ母子には変わりないのですが」
「いずれまたデートするから、今は良いの。何時までも水波ちゃんに深雪さんを抑えられるとは思えないもの」
「然様ですか。今お茶をお淹れします」
主である真夜に恭しく一礼し、葉山はお茶の用意を進める。部屋に残された真夜は、昨日一緒に撮った写真を眺めながら、泣きそうな顔で微笑んでいたのだった。
達也相手でも物おじしない葉山さんは、やはり優秀なんでしょうね