じゃんけんに勝ち、一番目を選んだ亜夜子だったが、残念なことに達也と二人きり、というシチュエーションにはならなかった。
「何故吉見さんがいるのですか?」
「命令。貴女に何かあったら困るからと、ご当主様から」
「お父様も余計な事を……」
現状、達也は既にガーディアンではなく次期当主として四葉家内全員に認識されている。それが認めたくないことであろうが、真夜が公言している以上、その立場で扱わなければ自分たちがどのような目に遭わされるか分からないからである。
その理由から、貢は亜夜子の護衛として吉見を派遣したのである。
「別に達也さんがいれば何があっても大丈夫だというのに」
「実力は兎も角、次期当主なのだから護衛として扱うわけにはいかない、と言っていた」
「本当は認めたくないのでしょうけど、お父様は本家には逆らえないですからね」
貢も真夜には心酔しているため、彼女が決めた事には口を挿むことはしない。だが、真夜がいないところでは何故達也が、と漏らしているのだった。
「おまたせしました、達也さん」
「別に待ってないさ。吉見さんは亜夜子の護衛、という認識で良いのか?」
「十分に距離は取ってるはずですのに、さすがは達也さんですね。お父様が護衛として吉見さんを派遣してくださいましたの。何事も無ければ吉見さんも出て来ることはしないでしょうし、特に気にする必要はありませんので」
「そうか」
それだけ確認し、達也は亜夜子に行き先の希望を尋ねる。
「何処か行きたい場所はあるか?」
「そうですわね……引っ越すにあたって、春物を少し買い足したいと思いますの。達也さん、選んでいただけませんか?」
「別に構わないが、俺にセンスを求めても無駄だからな」
「大丈夫ですわ。文弥よりマシだと知っていますから」
「……文弥にも選んでもらってたのか」
「いえ、文弥が着る服を一緒に買いに行っていたのです」
「ああ、変装用のか」
達也は、文弥の変装中の衣装を思い出し、あれは自前だったのかと彼に同情した。
「私のでもよかったのですが、いくら双子とはいえ異性が着た服を身につけるのは嫌だったみたいでして」
「それで買ったのか……」
「文弥もいつまでも女装は嫌だとは言っているのですがね」
一向に男らしく成長しない双子の弟を思い出し、亜夜子は楽しそうに笑った。
「文弥は達也さんくらい男らしくなりたいと言っていますが、今の調子では無理でしょうね」
「文弥が俺みたいになるのは、ちょっと想像出来ないな」
「まず骨格から違いますものね」
身長なども亜夜子と殆ど変わらなく、見事な女顔なので未だに女子と間違われる事もある文弥に、亜夜子は最近ノリノリで女装を進めているのだった。
姉の玩具にされていると自覚しながらも、強く抵抗出来ない文弥は、時間を見つけて達也に相談しているのだが、一向に解決にはたどり着いていないようだった。
「達也さん的には、こっちとこっち、どちらが似合うと思いますか?」
亜夜子が達也に見せたのは、同じデザインのワンピース。色は黒と赤で、どちらも亜夜子には似合いそうな色合いをしている。
「血縁だから仕方ないのかもしれないが、服の趣味が母上にそっくりだな」
「そうでしょうか? ご当主様も確かにこのような色合いの服を好んで着ていますわね」
「母上は赤系統が多いからな。亜夜子は黒の方が似合うと思うぞ」
「分かりました。ではこっちを買いましょう」
「一着で良いのか? 他にも何か買うなら、まとめて買った方が良いだろ」
「そうですわね。では、もう少し達也さんにはお付き合い願いますわ」
「ああ。今日は一日亜夜子に付き合うつもりだから問題はない」
いろいろな店を見て回り、最初の予定より多く買ってしまったが、亜夜子は実に満足そうな笑みを浮かべていた。
「達也さん、本当にありがとうございました」
「気にするな。付き添いだけじゃ悪いからな」
「ですが、十着以上も買っていただいて、申し訳ないです」
「それなりに稼ぎはあるし、婚約者である亜夜子の服を買うのは当然だと思ってる」
「いえ、私だけではなく、吉見さんにまで買っていただいて」
護衛として十分な距離を取っていた吉見ではあったが、店員に捕まりいろいろと勧められてしまい、逃げ出す事もままならなかったところを達也が助け舟をだし、吉見の服も一着買う事になったのだった。
「私が不甲斐ないばかりに……」
「それだけ目立つ格好をしていれば、どうしても声は掛けられますよ」
「まぁ、不審者として突き出されなかっただけマシなのでしょうがね」
「私は怪しい動きはしていない」
「物陰から私たちを見つめてたら、見る人が見たらストーカーか何かかと勘違いされても仕方ないと思いますがね」
「私の魔法の性質上、あまり人と接触するのはマズい。だからこの格好をしている」
「吉見さんも女性なのですから、少しはおしゃれなどに気を遣った方が良いと思いますわよ。せっかく綺麗な髪をしているのですし、キャスケットで隠すのはもったいないですわよ」
「関係ない。私は女である前に四葉の道具なのだから」
「道具である前に女性ですわよ」
亜夜子と吉見の言い争いを一歩下がった位置で眺めている達也は、傍から見れば二人の保護者のようだった。その後も亜夜子と吉見が度々言い争うのだが、それはまるで子供の喧嘩のように、達也には微笑ましく感じられたのだった。
亜夜子と吉見の関係は、意外と好きです