真由美、小春の順に達也と腕を組んできたが、鈴音は特に羨ましいとも思わずにその光景を眺めてきたつもりであった。だが、何故か胸の当たりがむかむかとしだして、鈴音は自分の本音に気付いたのだった。
「(これは、私も腕を組んでみたいという事なのでしょうね……ですが、あれだけ興味はないみたいなことを言ってきた手前、今更私も腕を組みたいとは言えませんね)」
そんな事を言えば、間違いなく真由美に弄られる。今まで散々自分が真由美の事を弄ってきたのだから、仕返しと称して心行くまで弄ってくるに違いない。その懸念が鈴音が一歩踏み出す勇気を出せない要因になっていたのだった。
「リンちゃん、さっきからそわそわしてるけど……ひょっとして、おしっこ?」
「違います!」
相変わらず人の心の機微を読み取るのが苦手な真由美は、見当違いな心配をしていた。
「恥ずかしがることは無いのよ、リンちゃん。生理現象は誰しも平等に訪れるものなんだから」
「だから違うと言っているでしょうが」
「じゃあ何でそわそわしてるのよ? 普段から冷静沈着を体現しているようなリンちゃんがそわそわするなんて、おしっこ以外に思いつかないんだけど」
「貴女は私を何だと思ってるんですか……私だって人並みにそわそわしたりしますよ」
背後で繰り広げられている会話を、達也は聞こえないフリをする。さすがに濡れ衣とはいえ生理現象の話を聞かれていると知った時に、どんな反応をされるかくらい達也でも理解しているのだった。
「ん、ちょっとゴメン。誰よこんな日に」
真由美の通信端末が揺れ、彼女はめんどくさそうに端末を取り出して通話ボタンを押す。
「はい? あぁ摩利ね、どうかしたの? ……うん、それで?」
どうやら電話の相手は摩利のようだが、向こうの声が聞こえないので鈴音は真由美が次第に不機嫌になっていく理由が分からなかった。
「それは摩利とエリカちゃんの問題でしょ? 何で私に相談してくるのよ。……えぇ、そうね。でも、今はその事は関係ないでしょ」
どうやら摩利の恋人とその妹についての愚痴か相談を受けているようだと理解し、鈴音は暖かく見守ることにした。
「あぁもう、分かったわよ! じゃあいつもの場所で」
そう言って真由美は端末をしまい、盛大にため息を吐いてから達也に話しかけた。
「達也くん」
「何でしょうか」
「非常に残念なんだけど、これから摩利の愚痴に付き合わなければいけなくなっちゃったから、私は先に帰るね」
「そうですか。渡辺先輩、相変わらずエリカとは上手く行ってないんですね」
「摩利には相談に乗ってもらったりもしてたから、無碍に断るわけにもいかなかったのよね……」
後ろ髪を引かれる思いで、真由美は達也とのデートを切り上げて摩利との待ち合わせ場所へと向かって行ったのだった。
「市原さん」
「何でしょうか、平河さん」
真由美の姿が見えなくなったのを見計らって、小春が鈴音に話しかけてきた。
「市原さんも、司波くんと腕が組みたいんですよね?」
「っ、何のことでしょう」
小春に心の裡を見透かされたのに動揺したが、鈴音はいつものポーカーフェイスを保ってみせた。
「無理に強がる必要はありませんよ。もう七草さんはいませんし」
「何故、分かったのでしょうか」
「簡単ですよ。同じ思いを持つものなんですから」
小春にあっさりと見破られ、鈴音は軽く会釈をしてから達也に近づいていく。
「どうかしましたか?」
「あの、私も腕を組んでいいでしょうか?」
「構いませんが、あれだけ興味なさげだった鈴音さんが、何故今になって?」
「何と言いますか……胸の奥がチリチリしてきたのです。真由美さんがいた手前、言い出すわけにはいかなかったのですが、平河さんに見透かされまして」
「確かに、鈴音さんのこんな気持ちを聞いたら、七草先輩はからかうに決まってますからね」
どうやら達也の中の真由美像も、鈴音が懐いているものと同じようで、真由美がいなくなってからお願いした理由にも納得してもらえたようだった。
「あの、司波くん」
「何でしょう、小春さん」
「鈴音さんを焚きつけた手前、自重しなければいけないのは分かってるんですが……私も引き続きいいですか?」
恥ずかしそうに視線を彷徨わせながらも、意思ははっきりと伝えた小春は、断られるのが怖いのか目を閉じ肩に力を入れていた。
「構いませんよ。七草先輩がいたら怒るかもですが、お二人がそれで納得出来るのであれば俺は構いませんから」
「私も、平河さんに背中を押してもらったのですから、その恩人を無碍に扱う事はしません。二人で仲良く司波くんを堪能しましょう」
「そう…ですね……今日を逃すとまたいつになるか分からないんですし、たっぷりと司波くんを堪能しなければいけませんよね」
自分たち以外にも婚約者はいるのだし、それでなくても達也は日々忙しいのだ。次のデートがいつになるかなど、皆目見当もつかないのである。
その事を踏まえれば、今達也を堪能しておかなければ、当分は想像の中でしか達也と戯れる事が出来ないのだから、楽しまなければ損である。そう結論付けた二人は、真由美がいなくなったことで枷が外れたのか、達也に完全に密着して残りのデートを楽しんだのであった。
「真由美さんには悪いですけど、彼女は私たちより数手先に司波くんに甘えたりしてましたからね」
「一高在学中から、司波くんに甘えてましたし、今日くらいは私たちが甘えまくっても文句は言えないと思いますよ」
そんな会話を自分を挟んでするなと、達也は少し呆れながらも二人の好きなようにさせるのであった。
あのリンちゃんがそわそわしてると思うと、なんだかほっこりする