部活連本部での会合を終え、深雪と帰路についた達也は嬉しそうな深雪の姿を見て少し呆れ気味だった。ついさっき結果が出たばかりだと言うのに、もう深雪に情報が伝わってるのが分かったからだ。
「お兄様、今日のお夕食は期待してて下さいね」
「そんなに大げさにする事でも無いだろうが」
「お兄様が九校戦のメンバーに選ばれたのですから、お祝いするのは当然です!」
正確にはエンジニアなのだが、深雪の中では達也は九校戦のメンバーになっているのだ。大まかに言えばエンジニアも確かにメンバーではあるので、あながち間違っていない深雪の解釈を如何したものかと悩みながら家に着いた。
「それではお兄様、早速準備しますので少々お待ち下さい」
「別に急がなくても良いぞ」
妹のハシャギっぷりに呆れながらも、それでも優しい笑みを浮かべる達也は、やはりシスコンなのかもしれない。
「厄介な事を引き受けてしまったかもしれないな……」
達也としては、あの場面で手を抜く事だって出来たのだが、調整機の前に立つと(座ると?)ついつい手を抜く事など考えられなくなってしまうのだ。彼が普段調整してる相手は深雪なのだから、手を抜くなんてありえないのだから。
食事を終え、深雪が片付けをしている時に端末に通信を知らせる合図が来た。相手は非通知だが、司波家にとってこれは別に珍しい事では無い。
「お久しぶりです。……狙ったのですか?」
『何の事だか分からないが……久しぶりだな、特尉』
画面に映ったのは不得要領な顔をした旧知の顔だった。
「その呼び方をすると言うことは秘匿回線ですか……よくもまぁ毎回一般家庭用のラインに割り込めるものですね」
『簡単では無かったがな。特に特尉の家のセキュリティーは一般家庭のわりには厳重過ぎるからね』
「最近のハッカーは見境無いですからね。それにあまり深くまで侵入しようとしなければカウンタークラックは発動しませんよ」
『新米オペレーターには良い薬になったようだ。さて、まずは事務連絡だが、本日『サード・アイ』のオーバーホールを行い、部品をいくつか新調した。これに合わせてソフトウェアのアップデートと性能テストを行って欲しい』
通信の相手、陸軍一○一旅団・独立魔装大隊隊長、風間玄信少佐は端的に用件を伝えてきた。
「分かりました、明朝出頭します」
『いや、学校を休むほど差し迫った用件では無いのだが……』
「いえ、次の休みには研究所の方で新型デバイスのテストがありますので」
『本官が言えた事では無いが、高校生になってますます学生らしくない生活になってるな』
「この言葉は好きじゃ無いですが、仕方ない事です」
達也の諦めにも似た言葉に、風間少佐も頷きそれ以上のツッコミは無かった。
『では次の話だが、聞くところによると特尉、今夏の九校戦には君も参加するようじゃないか』
「……はい」
返事をするのに少し間があったのは、達也が九校戦に参加する事が決定したのは数時間前なのだ。その事をもう風間が知っている事に達也は誰が伝えたのか気になったが、聞いても答えてくれないと分かっているので好奇心を捻じ伏せた。
『会場は富士演習場南東エリア。これは例年の事だが……気をつけろよ、達也』
呼び方が「特尉」から「達也」に代わった事で、この話は風間少佐としてでは無く達也の一友人の風間玄信としての進言だと即座に理解した。
『該当エリアに不穏な動きが確認されている。それに国際犯罪シンジケートの構成員らしき姿も確認されている。非常に嘆かわしい事だ』
「国際犯罪シンジケートと仰いましたが、もしかして無頭竜ですか?」
『……よく知っているな。内情の壬生に調べさせて漸く分かったのに』
「壬生さんと言うと、第一高校所属、壬生紗耶香の御父君ですよね」
『面識があるようだな。それで達也、何故無頭竜の事を?』
「叔母上の側近から忠告を受けていまして、メンバーとして参加せずとも九校戦には行くつもりでした」
言うまでも無く葉山からの報告なのだが、その事を聞いて風間少佐は納得したように頷いた。
『なるほど、四葉殿なら我々より先に情報を入手していてもおかしくは無いな』
「ですが、詳しい情報は一切ありませんので、少佐の情報は非常に役に立ちます」
『そうか、壬生に調べさせた甲斐があったと言うものだ。明日は無理だが富士では会えるかもしれないな』
「楽しみにしてます」
『私も楽しみだ……おっと、少し長く話しすぎたようだ。新米が焦ってるからそろそろ切るぞ』
如何やらネットワーク警察に回線割り込みの尻尾を掴まれたようだ。
『それじゃあ、師匠によろしく伝えてくれ』
「分かりました」
最後の言葉は八雲に今の情報を伝えておけと言う事だと理解した達也は、僧籍にある八雲に何処まで話して良いものかと悩むのだった……
「深雪、入っておいで」
悩むのも大事だが、彼にとっては何時までも妹に盗み聞きをさせるのは忍びなかったのだ。
「すまないな、大分待ったか?」
「いえ、それよりお兄様、お茶にしませんか? それにしてもお兄様、いきなりドアを開けるなんて酷いですよ。深雪を驚かせようと足音を忍ばせるなんて」
「何時までも可愛い妹に重たい思いをさせたくなかったからな」
「……もう! 冗談だって分かってますが今回は騙されてあげます」
不機嫌だと装いたいのに、口元がにやけてしまってるのを自覚している深雪。達也の他愛ない嘘で簡単に懐柔されてしまってるのだが、それが不快だとは思って無いのだと、深雪は自覚している。
「今日は紅茶か」
「ええ、セカンドフラッシュの良い茶葉が手に入りましたので、偶には良いかなと思いまして」
「マスカルテか、珍しい……手に入れるのに苦労したんじゃないか?」
「いえ、本当に偶然手に入ったのですけど……お兄様に喜んでもらえるのが深雪にとって何よりのご褒美です」
紅茶を一口啜り、嬉しそうにしている深雪の頭を優しく撫でる。
「紅茶も美味しいけど、このショートブレッドも美味しい。これは深雪が作ったんだろ」
「はい、ですが少し不揃いになってしまって……」
「そんな事は全然気にならないよ。本当に美味しい」
達也が褒めてくれるのは毎回の事だが、失敗したと思って俯いていた深雪は次々とショートブレッドに手を伸ばす達也の姿を見て嬉しそうに顔を上げたのだった。
風間からの連絡の事は達也も話そうとしなかったし、深雪も聞こうとはしなかった。これが何時もの事だからと、二人共特に気にせずティータイムを過ごしたのだった。
原作よりも四葉は達也に協力的です