ケーキバイキングで全力を注いだ所為か、エイミィは少し気だるそうな雰囲気を醸し出していた。
「どこかで休んでくか?」
「ううん、平気……ちょっと体が重いだけだから」
「そりゃあれだけ食べれば……エイミィ、太るぞ?」
「少しくらい太れば、胸が大きくなるかもしれないでしょ!」
「まだ言ってるのかい? 人間、諦めも肝心だと思うがね」
スバルとエイミィのやり取りを、達也は聞こえないフリをしてやり過ごす。いくら気にしないとはいえ、さすがにこの会話に加わるのはデリカシーが無さすぎる。
「司波君、悪いがどこか運動出来る場所を知らないかい?」
「ジムなどは会員制だから入れないよ?」
「君には聞いてない」
運動したくないのか、エイミィが近場の運動出来そうな施設を検索し、先に潰そうとしたのだがスバルには通用しなかった。
「知り合いが経営している温水プールの施設が近くにある。水着も貸してもらえるし、水の中を歩くだけでもかなりの運動になると思うぞ」
「温水プールか……確かに水の中を歩くだけでも、エイミィが食べたケーキのカロリーの一部を消化出来るだろうし、司波君の知り合いなら僕たちの事も知ってるだろうしね」
「でも、水着なんて恥ずかしいよ~」
「大丈夫だよ、エイミィ。さっきの食べっぷりの方がよっぽど恥ずかしかったから」
「スバル!」
再びじゃれ合う二人を他所に、達也はその施設へと連絡を入れ、事情を説明しこれから行くことを伝える。いくら知り合いが運営しているからといえ、こういうことはしっかりとしておかなければならないのだ。
「許可も出たし、そろそろ行くぞ」
「ほら、司波君もああいってるんだし、そろそろ落ち着かないか」
「スバル、ある程度消化したら泳ぎで勝負よ!」
「別に構わないが、そんなに泳ぎに自信があるのかい?」
何やら燃えているエイミィを他所に、達也とスバルは既にいつも通りの雰囲気に戻っており、一人テンションの違うエイミィは、何やら急に恥ずかしさを感じ、そそくさと達也の背中に隠れたのだった。
施設に到着し、エイミィとスバルはレンタルの水着を真剣に選び、そしてプールへと現れた。
「早速プールの中を歩いてカロリーを消費しなきゃ!」
「随分と気合が入ってるが、何かあったのか?」
「いやなに、ちょっとした乙女の悩みという感じかな」
「?」
スバルがお茶を濁したことで、達也には伝わらなかったが、更衣室にあった体重計に乗ったエイミィは、ここ数日だけで大分太っていたことが判明し、尚且つ普段来ているサイズの水着がキツいという事実が判明したのだった。このままでは部活動にも支障をきたすため、エイミィは本気で痩せようと思ったのだ。
「司波くん、この施設って何時までやってるの?」
「一般開放は五時までだ」
「一般開放? ここは普通の施設ではないと言う事かい?」
「いや、五時以降は会員制のスイミングクラブとして使うから、こうやって開放されるのは稀な事なんだ」
「そうだったのか。さすが司波君だね、そんな人ともつながりがあるとは」
「何やってるの! スバルもちょっと――」
「おっと、それ以上はエイミィにも跳ね返ってくるぞ?」
「……とりあえず歩いたりしようよ。スバルだって運動するために来たんだからさ」
底知れぬ殺気に怯え、エイミィは表現を変えてスバルを誘う。笑顔こそ浮かべているが、スバルの表情には羞恥と怒りの色が達也には見て取れた。
「何かあったのか?」
「気にしなくていいよ。大したことじゃないからさ」
いくら男子口調とはいえ、スバルも立派な女子である。異性に――しかもそれが婚約者となれば尚更であるが、太ったなどと言えるはずもなかった。
「司波くんも一緒にやろうよ~! パーカーなんて着てないでさ」
「エイミィ、君はもう忘れたのかい? 司波君の身体には様々な傷跡があるから、見せるのは忍びないって。一般人もいるんだし、あまりはしゃぐのは良くないと思わないか?」
この場にいるのは何も達也たちだけではない。先ほど彼が言ったように、一般開放されているのだから他の人がいても何ら不思議ではないのだ。
「あっ、そうだったね……じゃあスバル、そろそろ勝負と行きましょうか」
「その自信は何処から出て来るのか気になるが、勝負なら負けてやることは出来ないな」
スバルも意外と乗り気で、審判も何もない勝負が静かに幕を上げたのだった。
時間ギリギリまで泳いだ二人は、全身に気だるさを感じていた。
「水泳は全身運動だもんね……明日は筋肉痛かもしれない」
「エイミィは乗馬で慣れてるんじゃないのかい?」
「使う筋肉が全然違うもん……」
「お疲れ。家まで送ってくれるそうだ」
達也は気だるそうにしている二人を見て、コミューターを手配したようだ。エイミィとスバルは、断ろうと考えたが、自力で帰れる未来が見えなかったのか、素直に好意に甘える事にしたのだった。
「何から何まですまないね……せっかくのデートだったというのに、こんなことに付き合わせてしまって」
「これはこれで楽しかったがな。まぁ、二人が必死になって泳いでるのを見た時は、さすがにちょっと引いたが」
「あれは、乙女にとって最優先すべきことなのよ」
「そうなのか? だが、全力で泳いだりして、全身に筋肉が付いたら余計に重くなると思うが」
「「………」」
自分たちが何を気にしていたのかが、達也に知られていた事と、達也のデリカシーの無さに呆れ、二人は口をポカンと開けたまましばらく動けなかったのだった。
やはりこの二人は難しい……