達也が同じ空間で生活していると言う事は、少女たちの安眠を妨害するのに十分すぎるものだった。
「困りましたわね……」
その一人、一色愛梨はベッドの上で悶々としながらもなんとか寝ようと努力していた。
「……ダメですわね。何か飲んで気を紛らわせましょう」
努力しても寝れないので、サウンド・スリーパーを使えばいいのだが、愛梨もサウンド・スリーパーを毛嫌いしている。
「えっと……冷蔵庫に何があったかしら」
リビングに出た愛梨だったが、つい気になって達也の部屋の方へ視線を向けると、扉の隙間から灯りが漏れていた。
「達也様?」
達也が灯りを消し忘れるなどというヘマをするとは思えないので、愛梨は扉越しに声を掛けた。
「愛梨か? 何かあったのか」
「いえ、少しよろしいでしょうか」
特に用があるわけではないのだが、ゆっくりと話すチャンスだと思い、愛梨は勇気を出して部屋に入っていいかを尋ねる。
「気にしなくていいぞ。入っておいで」
「はい」
達也の返事を受け、愛梨はゆっくりと扉を開け中へ入る。
「達也様、これは?」
「ああ、ちょっとしたプログラムの書き換えとCADの調整をしてただけだ。気にしなくていい」
「そう仰られましても……」
愛梨の目の前には、プロのエンジニアでも簡単に出来ないであろう術式のプログラムの書き換えや、完全に分解されたCADが所狭しと置かれていた。
「達也様が天下のシルバーだと言う事は聞いておりましたが、実際にこの目で見るまでは半信半疑でしたわ」
「まぁ、ただの高校生が世界的なエンジニアだと言われても、信じられないだろうな」
「いえ、達也様なら何でもありだと思ってましたが、さすがにシルバーだと言われた時は……」
達也が四葉の縁者であると聞いた時も、愛梨はそんな驚きはしなかったのだが、シルバーであると聞かされた時は、息を呑んだ記憶がある。
「栞や香蓮に調べさせた時も、達也様の素性は分からなかったので、何か裏があるとは思っていました」
「そうだろうな。雫の母親にも疑われた」
「あのPDは隙が無さすぎて逆に疑わしいですからね」
「だが、四葉の縁者だと知られるわけにはいかなかったし、あれはあれで間違いなわけではないんだがな」
「ですが、達也様はあのPDに記されている父親と母親の子、というわけではなかったのですわよね?」
「そうだな。俺の親は現四葉家当主である四葉真夜で、父親も別にいる。だが深雪は昨年の大晦日まで知らなかったわけだから、書き換えるわけにもいかなかったからな」
「達也様は、嘘を吐き続ける事にうしろめたさは感じなかったのでしょうか?」
愛梨の問いかけに、達也は困ったような笑みを浮かべた。
「そう言った感情は持ち合わせていないからな……嘘を吐くのも役目のようなものだと思っていたから」
「申し訳ありません! 達也様の事情は、お聞きしていたというのに……」
「気にするな。感情が無い俺が悪いんだから」
達也は優しい笑みを浮かべているが、愛梨の心は晴れる事はない。
「達也様は、ご自身の感情が取り戻せるとしたら、取り戻したいと思いますでしょうか?」
「どうだろうな……仮定の話はあまり好きじゃないが、恐らく取り戻したいとは思わないだろうな」
「それは何故でしょうか……」
達也の答えに、愛梨は躊躇いがちに問いかける。愛梨なら取り戻したいと思ったから、達也の答えは予想外だったのだ。
「俺は既に数えられないくらいの人間を殺めている。敵だと割り切れるかどうか、その時にならなければ分からないような要素は、必要ない。人を助ける時も同様にだ。感情が邪魔になる場面は多い世界だからな」
「達也様は、軍人を続けるおつもりなのでしょうか?」
「俺個人がどう思おうが、本来の魔法を知られている以上、軍は俺を手放すとは思えん」
「そんなこと……日本にアンジー・シリウスが帰化したのですから、達也様に固執する必要は――」
「リーナは四葉が管理するという事でUSNAに納得させたんだ。日本軍で使うわけにはいかない」
「ですが!」
「声が大きいぞ。栞たちが起きてきてしまうかもしれない」
達也に注意され、愛梨は口を押さえる。栞たちも起きているかもしれないと分かっているが、自分が達也の部屋にいると知られると後々大変な思いをすることは目に見えているから、慌てたのだろう。
「とにかく、軍が俺を解放しない以上、俺は人を殺め続ける事になるだろう。一条のように賞賛される事なく、ただただ人を殺め、そしてさらに軍は俺を離さないようにするだろう」
「達也様の所有権は四葉にあるとお聞きしております。でしたら達也様が軍から解放される日もあるのではないでしょうか」
「その時は、特務士官から戦略級魔法師として国に使われるだけだ」
「っ!」
軍から解放されても、次は国に縛られるという考えをしてなかった愛梨は、ギリギリのところで悲鳴を呑み込んだ。
「だから、俺に感情はいらない。辛いとも思わなければ、縛られていようが問題ないからな」
「そうでしたか……私の考えたらずで達也様のお時間を無駄にしてしまい、申し訳ありませんでした」
達也との会話で思いの外体力を消費したのか、部屋に戻りベッドに入ってすぐ、愛梨は眠りに落ちたのだった。
達也の考え方は、二十八家の女の子でも畏怖を抱くものでしょうね……