突然達也にデートに誘われた愛梨は、今更ながらにデートに着ていくような服を持っていないことに気が付いた。
「ほれ、急がぬか」
「そうですよ。あまり達也様を待たせるのは良くないですよ」
「そう言われましても……私はこういう場面に着ていく服を持っていませんの」
「愛梨なら何を着てても問題ないじゃろ」
「そうですよ。元が良いんですから、服なんてあまり気にしなくても問題ないです」
沓子と香蓮に急かされるままに、愛梨は普段着のまま部屋を追いやられた。
「申し訳ありません、達也様。お待たせいたしました」
「いきなり誘ったのは俺だからな。女子は色々と準備もあるだろうし、特に問題はないぞ」
割かし本音で言っている達也ではあるが、裏を返せばあまり興味がないともとれるので、愛梨はそちらで受け取ったようだった。
「達也様はあまりお気になさらないのですね……」
「何がだ?」
「これでも、少し化粧をしたり、持っている服の中で一番いいものを着てきたのですよ」
頬を膨らませて抗議する愛梨に、達也は苦笑いを浮かべながら答えた。
「愛梨は化粧しなくても十分綺麗だし、服だって基本的には何でも似合うから、あまり気にしなかっただけだ。綺麗だし似合ってるぞ」
「そうやって褒めれば大人しくなるとお思いですか……」
言葉とは裏腹に、愛梨はかなり大人しくなっている。達也の直球な褒め言葉にどう対処すればいいのか分からず、とりあえず視線を逸らしたのだった。
「さて、誘っておいてなんだが、何処か行きたい場所はあるか?」
「行きたい場所ですか? そうですわね……達也様と二人きりなら廃墟だろうが楽しめる自信はありますが……」
「さすがに廃墟に連れて行く理由が見当たらないんだが」
そんな状況が思いつかない達也は、呆れ気味にツッコミを入れたが、それだけ自分といたいと思ってくれているのだと言う事だけは伝わったようだった。
「それでしたら、服を見に行きたいですわ」
「服を?」
「先ほど思ったのですが、こういった場面に相応しい服を、私は持っていなかったのです。生まれてこの方デートなどしたことなかったのですから仕方ないのですが、これから先は何度もある事ですので、一着くらいはデート用の服が欲しいなと思いまして」
「そうか、ならそうしよう」
ここからだと駅まで結構歩かなければならないので、達也はバイクのキーを取り出し、愛梨を後ろに乗せてショッピングモールを目指した。その移動中、愛梨が幸せを感じていたなどと、達也は思いもよらなかったのだった。
店員に勧められるがままに試着してみたが、イマイチピンと来るものが無かった愛梨は、一休みの為にカフェに来ていた。
「随分と疲れてるな」
「あれだけ着替えれば、それなりに体力は消耗しますわよ」
「何着か可愛いのがあったと思うが」
「どれもピンときませんでしたの……やはり勧められるがままは良くありませんわね」
「普段はどんな選び方をしてるんだ?」
参考までにと思い、達也は普段どのように買い物をしているのかを愛梨に尋ねた。すると愛梨は急に所在なさげにそわそわと視線を彷徨わせ、そして観念したかのように俯きながら達也の問いに答えた。
「何時もでしたら、香蓮さんが私が気に入りそうなものを何着か選んできまして、その中から私が気に入ったものを買っていましたので……」
「なら、香蓮でも呼ぶか?」
「いえ、今日は結構ですの!」
当然冗談なのだが、愛梨は必要以上に慌てて達也の手を取った。
「あっ、ごめんなさいですわ!」
「気にするな。じゃあ、今日は俺が見繕ってみよう」
「本当ですか! 達也様が選んでくださったものでしたら、例え襤褸であろうと嬉しいですわ!」
「さすがに襤褸は選ばないし、こんな場所においてあるとは思えないがな」
それだけ嬉しいと言う事なのだろうと、達也は苦笑いを浮かべながら愛梨の手を掴み直し、先ほどから愛梨に似合いそうだと思っていた服を数着選び、その中から愛梨の好みで選ばせることにした。
「どれも素敵ですわね……正直、選びきれないかもしれませんわ」
「着てみたらどうだ? そうすれば印象も変わるだろうし」
「そうですわね、少々お待ちいただけますか?」
「ああ」
愛梨が試着室へ姿を消すと、店員が達也にすり寄ってきた。
「お客様、お連れ様がお買いになった服ですが――」
「まだ買うとは決めていません」
「もちろんです! お気に召したらで結構ですので、ご購入いただきました暁には、その服を着ていっていただきたいのですが」
似たようなことを深雪と買い物に来た時に言われたなと、達也は遠い記憶を呼び起こし苦笑いを浮かべた。
「連れが気に入れば買いますし、着たいと言えばそうしますが……何が目的ですか? 一応彼女もそれなりに有名なので、写真などはお断りですよ」
「もちろんです! 写真などは一切お撮りしませんし、金額も勉強させていただきます」
「達也様? 先ほどから誰とお話になられているのです?」
試着を終え扉を開けた愛梨が、嫉妬を隠し切れない口調で達也に詰め寄るが、相手が店員だと分かりホッと胸をなでおろした。
「やはり似合ってるな」
「私もこれが一番気に入りましたの。これを買いますわ」
「では、お会計を」
「彼女が着ていた服は、こちらの住所にお願いします」
会計の際に横から達也が口を挿み、そのまま会計を済ませたので、愛梨は少し驚きながらも、達也からの初めてのプレゼントに幸せそうな笑みを浮かべていたのだった。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
それなりの値段だが、何の躊躇もせずに払った達也に、店員はホクホク顔を浮かべながら綺麗なお辞儀をして見送ったのだった。
ズルズルと行けちゃいそうだったので……