ちょっと用を済ませるために別行動をしただけで、穂波は見ず知らずの男たちに絡まれた。深雪や真由美のような美少女ではないにしても、穂波はそれを補うだけの大人の魅力があるので、こういったことは結構あるのだ。
「お姉さん一人? 俺たちと遊ぼうぜ」
「ごめんなさいね。まったくもって好みじゃないし、一人でもないの」
「さっきから見てたけど、ずっと一人じゃんか」
「そもそも、こんな綺麗なお姉さんを一人にするヤツなんかより、俺たちの方が楽しませるぜ」
「違いない」
ゲスのような笑い声が響く中、穂波は全く動じることなく男たちを眺めていた。
「(多少鍛えてるようだけど、魔法師じゃなさそうね……追い払うのに魔法は必要ないけど、この人数相手に怪我をさせる事無く振り切るのは難しそう)」
怪我をしないで、ではなくさせないでというのが、穂波の実力を物語っているのだが、魔法師である自分が、一応一般人である男たちに怪我を負わせたとなると、またややこしい事になりかねない。
そんなことを考えていると、男たちが次々に苦痛に悶えながら地面に転がっていく。内側にいた男たちも何事かと仲間の状態を確認するが、次の瞬間には自分も地面を転がるハメになったのだった。
「穂波さん、またですか」
「ごめんなさいね、達也君。それにしても、見事な急所突きね」
「一時的に激痛を覚えるツボを押しただけです。数分もすれば普通に立ち上がることが出来ます」
「それで、用事は済んだのかしら?」
「だから戻ってきたんです」
地面をのたうち回る男たちなど眼中にないかの如く話を進める二人に、野次馬たちは驚愕と畏怖の眼差しを向ける。だが、男たちに同情する野次馬は存在しなかった。
「こういう前世紀の遺物みたいな集団って、まだいたんですね」
「深雪さんとお出かけするときは、声を掛けられるんじゃないの?」
「深雪と出かける時は、あまり別行動を取りませんから」
「まぁそうよね。深雪さんを一人で人混みの中に置いて行ったら、獣の中にお肉を置いていくようなものですものね」
「その例えはどうかと……」
あながち間違いではないと思ったが、達也は一応ツッコミを入れておいた。
「それにしても、この程度じゃ達也君にとっては役不足だったかしら?」
「別にこんな場所で手ごたえのある相手を求めるほど、俺は戦闘狂じゃないつもりなんですが」
「それなりに鍛えてる感じだったから、私一人じゃ相手に怪我をさせてしまうかもしれなかったからね」
「また厄介ごとは御免ですよ」
「だから自重したじゃない」
のたうち回る男たちを跨ぎ、達也と穂波はこの場を去っていく。二人を呼び止める声は、野次馬の中から上がることは無く、遅れてきた警察官たちも、男たちを拘束するだけで二人を追いかけてくることはしなかった。
「どうやら、野次馬の中の誰かが上手く説明して警察を呼んだみたいですね」
「怪我もしてないし、男たちも大人しくなってるから簡単な仕事だって思ってるかもね」
「それにしても、少し別行動をしただけであの惨状とは……やはり穂波さんは美人なんですね」
「そうなのかな? 真夜様や深夜様のように、年齢を超越した美しさを目の当たりにしてたから、自分が美人なのかどうかなんてわからないわよ」
「その二人は基準にならないと思いますがね」
呆れながら笑う達也につられ、穂波も笑みを浮かべる。自分の中の基準が高過ぎる事は自覚しているが、それを改めろと言われても誰を基準にすればいいのかが分からないので、今日までその二人が基準になっているのだ。
「じゃあ深雪さんを基準にすればいいのかしら?」
「深雪もまた、基準にするにはレベルが高すぎるとは思いますけどね」
「まぁ、あの美貌だもんね……張り合うのすらおこがましいと思うくらいの美少女だし、基準にするにはちょっとおかしいかもね」
「俺も人の事言えるような基準の定め方をしてるわけじゃないですが、穂波さんの基準は高過ぎです」
昔から深夜や深雪、穂波と生活してきたせいもあるが、達也の基準もかなり高い。並大抵の美女じゃ達也のお眼鏡にかなう事はないだろう。
「それで女優の小和村真紀さんを見てもなんとも思わなかったのかしら?」
「あの人は見た目以前に、何か企んでいるのが見え見えだったので。それに、小和村真紀より穂波さんの方が美人だと俺は思いますけどね」
「大女優と比べられて悪い気はしないけど、それは贔屓が過ぎると思うけど?」
口では達也の考えを責めているが、表情が本音を隠しきれていない。穂波から見ても、小和村真紀は相当な美人だと思えるレベルだ。それと比べられ、しかも自分の方が上だと言われ、悪い気などするはずがないのだ。
「まぁ、穂波さんを大観衆の前に出すわけにはいきませんけどね」
「私も、不特定多数の人に見られたいなんて思わないわよ。達也君だけが私を見てくれてれば、それだけで満足なんだから」
「穂波さんも、結構直球で物を言いますよね」
「そうかな? でも、それが私の本音だし、達也君以外の男に抱かれるつもりもない。この気持ちは深雪さんにも負けないと思うわよ」
「何処で深雪と張り合ってるんですか……」
深雪が自分の事を本当の兄だと信じていたころから、そういう気持ちを抱いていた事は知っていたし、深雪からも聞かされた事がある。その気持ちに負けないという事は、穂波も相当自分の事を想ってくれているのだと理解し、達也は頭の中がフラットな状態になった。
「達也君、嬉しいって思ってくれたんだ」
「自分の中で感情が処理出来ないレベルで思いました」
そう答える達也の表情は、いつも以上に読み取れなかったが、穂波はそれが達也の最高の感情であることを知っているので、凄くうれしい気持ちになったのだった。
的確に急所を抉る……さすが達也