劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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そ~らを自由にとっびたいな~


不自由な飛行

 術式の説明を受けた深雪は、左手に握る調整したてのCADに目を落とした。何時も深雪が使っている携帯端末形態のCADだ。だが大きさは小型化が進んでいる深雪のCADより更に小さく彼女の小さな掌にスッポリと納まっている。似ているのは携帯端末形態と言うだけで、このCADは汎用型では無く特化型だ。

 

「それじゃあテストを始めるが深雪、気をつけてな。想子の使用量は最小にしてあるけどオフにしない限り使用者から自動吸引するからな」

 

「はい」

 

 

 達也に心配してもらってる事がとても嬉しい深雪だが、次の瞬間にはそんな感情は彼女の中から消え去った。

 

「始めます」

 

 

 三大難問の一つ、可能性の中だけで存在が許されていた飛行術式。自分がそのテストをするのだと言い聞かせ、深雪は程よい緊張感を持ってCADのスイッチを入れた。

 何も意識しなくても想子が自分の身体から吸い取られてるのが分かる。と言っても意識しなければ分からないような微量の吸引だ。そう気付いた時には、起動式が魔法演算領域に写し取られていた。予め聞かされていたように驚くほどに小規模の起動式だ。深雪の処理能力なら同じものを数十個同時に展開してもまだ余裕があるほどに。それでいながら必要な要素が全て記述されていて、徹底的に無駄をそぎ落とした起動式である事が、深雪には理解出来た。

 

「(私、今宙に浮いている……いや、空中を飛んでいるのね)」

 

 

 達也が普段使っている地下室の天井付近まで飛び上がり、同時に深雪の五感から重力と言うものが消え去った。

 

「(宇宙飛行士という人たちは、こんな感覚を味わっているのかしら?)」

 

 

 羨ましいと思ったと同時に、深雪は彼らが可哀想とも思った。あれほどの重装備をしなければこの感覚を味わえないのだから。

 

「深雪如何だ? 起動式の連続処理が負担になってないか?」

 

 

 下から達也に声を掛けられて、深雪はハッと現実に意識を戻した。大切な実験中なのに快感に溺れそうになっていた自分を恥じて、深雪は達也の質問に答えた。

 

「大丈夫です。頭痛も倦怠感もありません」

 

 

 深雪の返事に満足そうに頷いた達也は次の動作を深雪に頼む。

 

「それなら良かった。それじゃあ次はゆっくり水平移動をしてみてくれ。慣れてきたら徐々にスピードを上げて思うように飛んでみてくれ」

 

「分かりました」

 

 

 達也に言われた通りに、深雪はイメージの中で水平移動を行う。そしてそれが現実に起こる事だと言う事は既に深雪の中で確定していた。

 そしてその確信が裏切られる事も無く、深雪の身体は空中で水平移動する事となった。自動的に展開、複写されている極小規模の起動式から重力のベクトルを水平方向に改変する魔法式が構築される。

 

「(この飛行デバイスは連続的に処理される起動式による魔法の連続発動。変数の代入値は新たなイメージが演算領域に読み込まれない限り前の値を引き継ぐようにプログラムされているんですね。さすがはお兄様です)」

 

 

 その事が分かる深雪も相当な知識を持っていると言う証拠なのだが、それ以上にそれを実現した達也の事を褒めるのが深雪には大切なのだ。

 

「(上手くいったようだな。この飛行デバイスはループ・キャストと対になるシステムだ。ループ・キャストが一度起動式を読み込めば自動的にコピーを繰り返し同一魔法の連続発動を可能にするのに対し、飛行デバイスはタイムレコーダーで魔法の発動時点を記録し変数のみを書き換えていく事により起動式を連続処理し魔法式の連続発動を自動化する仕組みだ。つまり効果時間の短い魔法の終了直後にタイムラグ無しで次の魔法が効力を発揮する。これにより従来の問題だった単発魔法の重ね掛けによる事象干渉力の限界をクリアーした)」

 

 

 深雪が宙を舞っている間、達也は自分の組み立てた起動式を改めて頭の中で整理していた。

 

「深雪、魔法の断続感は無いか?」

 

「ありません。さすがはお兄様です! タイムレコーダー機能は完璧に作動しています」

 

 

 こう言うデジタルな処理は人間には不向きで、機械で補完してやらなければいけない。魔法技能のみによる飛行に拘っていたら、このシステムは到底実現不可能なものだった。

 

「お兄様、思いっきり飛んでみてもよろしいでしょうか?」

 

「良いよ。ただし此処は狭いから気をつけるんだよ」

 

「はい!」

 

 

 達也が許可してくれた事で、深雪は我慢していた気持ちを爆発させた。徐々にスピードを上げ空中を飛び回る。限られた空間をフルに利用して、ターンやスピン、宙返りなどを駆使し自由に舞い踊った。軽やかになびくスカートとしなやかにはねる長い髪、伸び、反られたはずみに露わになる優雅なライン。達也以外の青少年がこの場に居たらきっと鼻血を噴出していただろう。もしそうでなくても精神衛生上深雪の艶姿は宜しくないはずだろう。

 

「お兄様、お兄様もご一緒に如何ですか?」

 

「深雪、今手元にあるデバイスはそれだけだよ」

 

「そうですか……では私がお兄様を抱きかかえると言うのは如何でしょう?」

 

「それはさすがに無理があるんじゃないか?」

 

 

 身長差などを考えると、深雪が達也を抱きかかえるのはかなり無理がある。

 

「それではお兄様が私を抱きかかえて飛ぶと言うのは如何でしょうか?」

 

 

 初めからそれが目的では無かったのだろうかと思えるくらい、深雪の顔はその事を期待している。達也は苦笑いを浮かべながらやんわりとその提案を断る。

 

「まだテスト段階のデバイスで遊ぶのは止めておいた方が良いだろうね。とりあえず問題は起こらなかったけど、ちゃんとしたテストは今度研究所に持って行った時にするんだから」

 

「そうですか……じゃあ何時かは一緒に飛びましょうね?」

 

「そうだね。何時かは出来ると良いな」

 

 

 この後にも色々と微調整やらと忙しい達也と、達也と一緒に空を舞う事を夢見ている深雪とでは、多少表情に違いはあれど、この兄妹の表情は凄く楽しそうだった。何だかんだ否定しても、達也は深雪の事を大事に思っており、深雪は達也に誰よりも強い敬愛を向けているのだから。シスコンブラコンと評されるのも致し方ない事しれない。

 

「そろそろ降りておいで。お茶を淹れてきてくれたんだろ?」

 

「そうでした!」

 

 

 自分がこの地下研究室に来た理由を思い出し、深雪は慌てて地上に復帰したのだった。




地下室じゃ無理ですよね…

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